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2008年3月の4件の記事

2008年3月30日 (日)

中南米編34 南米のパリ、タンゴの情熱

2650km/98358km ウシュアイア-ブエノスアイレス

005s_america_2  ウシュアイアから飛行機に乗りました。夜になってアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに近づくにつれて無数の明かりが広がってきました。
今までに行ったペルーの首都リマ、チリの首都サンチャゴに比べてここは桁違いに大都会です。

010p1050821 ブエノスアイレスの中心部セントロの更に中心に発つオベリスコ。遠くからでも見えていい目印になるんです。

020p1050815 アルゼンチンにも日本からの移民が多くこれはその日本人会の会館。ここの1階にも日本食レストランがあります。でも味はイマイチ。

030p1050966 040p1050949 050p1050954 ブエノスアイレスで最初に港が作られたボカ地区。その昔この辺りはたくさんの人で賑わっていてバーもたくさんあったそう。そしてその中から生まれたのが官能的なアルゼンチンタンゴだそうだ。現在はこの一角にきれいに彩られた町並みがあり観光名物になっています。

060p1050979 こちらはレコレータ墓地という墓地。これがまた普通の墓地とは大違い。とっても豪華なんです。150メートル四方程の敷地が碁盤の目のように区切られてそこに1坪位の家のような墓がずらっと並んでいるんです。どの墓も御影石や大理石のような物で立派に作られていて中を覗くと1つ又は2つの棺が安置されていました。歴代の大統領やアルゼンチンのシンデレラ、エビータなどもここに眠っているそうです。

070p1050835 ある夜、中心部にある世界一広い道路7月9日大通りを歩いていると遠くからすごい大きな音が聞こえてきました。近づいてみるとたくさんの人です。周辺国からのミュージシャンを集めて音楽祭をやっていたのです。ロック、ラップなど日本でもお馴染みの音楽に会場はもう大興奮でした。スペイン語が解ったらもっと楽しいだろうになぁ~。

さてアルゼンチンと言えば何と言ってもタンゴ。そこでさっそくタンゴを観に行くことにしました。セントロにはチケット屋があってタンゴのショーのチケットも直接店に行く場合の半額以下で購入できます。

110p1050848 120p1050874 130p1050884 140p1050891 まずはBar Surと言うバーに行きました。ここは20テーブル位しかない小さなバー、その分客席とは数十センチの距離です。演奏が始まると演奏者の指の動きまではっきりと見えます。歌、楽器、踊りといろんな出し物が次々と出てきます。

150p1050896 160p1050910 自分にとってタンゴの好きなところはあのバンドネオンというアコーディオンに似た楽器の物悲しい音色です。目の前であれを聞いていたら目頭が熱くなってしまいました。4時間いても飽きることなく一体感があってとてもよかったです。

210img_0504 220img_0509 230img_0511 240img_0517 250img_0518 これはもう1軒行ってみようと二日後にEl Querandiと言う別の店に行きました。こちらはBar Surよりもずっと広い場所でステージから遠かったんです。しかし演奏のレベルは高く踊りも完成度がとても高いショーでした。100年余り前にヨーロッパからたくさんやって来た移民達の苦労の様子をショー仕立てで見せてくれた。こんな風に踊れたらいいなぁと思えるショーでした。

2008年3月21日 (金)

中南米編33 飛び出せ☆地球発見@南極

2700km/95708km ウシュアイア-ドレーク海峡-アイチョー島(37カ国、地域目 南極)-デセプション島-デコ島-南極半島ネコハーバー-イギリス基地ポートロックロイ-ピーターマン島-ウクライナ基地-クーバービル島-ドレーク海峡-ウシュアイア

2006年5月18日に日本を出た自分は今までユーラシア大陸、アフリカ大陸、そして南米大陸を周って南米の最南端までたどり着きました。
ここで1年9ヶ月に及ぶ旅が1つのクライマックスを迎えます。

日本を出る時、漠然と南極に行けたらいいなと思っていました。
ウシュアイアに来て旅行会社を周っている時南極ツァーのポスターがたくさん貼ってありました。しかし費用は自分が思っていたのよりもかなり高いものでした。でもこの機会を逃したらもしかしたらもう一生こんなチャンスはないと思えたのです。そしてついに4つ目の大陸、南極大陸を目指すことに決めました。

南極。日本から時間的に一番遠い場所。世界で5番目に大きく唯一紛争が起きたことがない平和な大陸。面積は1400万平方キロ(日本の38倍)で95%が氷でできている。そのため冬は面積が2倍になる。世界中の淡水の70%をこの氷が占めている。などちょっと聞いただけでもどんな島なんだろうと興味津々です。

南極ツァーは大きく分けて2種類あります。まず乗員乗客2000人程の超大型の客船で行くクルーズツァー、こちらは設備も豪華で船もあまり揺れないので快適な旅ができる。正装してのディナーパーティーまであるそうだ。しかし船が大きいので南極地域で行ける場所が限られる上、上陸はしないんだそうだ。
そしてもうひとつが100人程度の中型の船で行く冒険ツァー。こちらは設備はそこそこで揺れも相当激しいらしい。しかし小回りがきいて砕氷機能も備えているのであちこちに行って上陸し探検する、正に冒険ツァーだと言うのだ。
地球発見の旅としては後者がぴったりだと思って選びました。

010antarctica 020p1050525 2008年2月27日午後5時、乗客乗員76名を乗せたロシア船籍の海洋調査船アカデミック・ショカルスキー号はウシュアイア港を出発した。

030shokalskiy009 桟橋には大型クルーズ船の姿も見えた。

全長65.90m、幅12.80m、深さ4.50m、重量1753トン、3076馬力、砕氷能力あり、砕氷速度毎時10ノット。船内にはキャビンと呼ばれる客室や食堂、シャワーや講義室などの他にサウナやバーもある。

050p1050550 先日パタゴニアで乗った船と同様操縦室には自由に入ることができる。

060shokalskiy020 船は間もなくドレーク海峡にさしかかる。この海峡はいつも荒れていてかなりの揺れを覚悟しなくてはならない。しかも通り過ぎるのにほぼ2日かかる。あらかじめ聞いてはいたがさすがにすごい揺れだ。リーダーの話だと彼が今まで73回南極に行った最高の揺れを10ポイントだとすると今日のは3ポイントだそうだ。そう考えると安心する。しかし睡眠中も食事中も揺れは容赦なくやってくる。夜中にベッドから転がり落ちて頭を打った女性がいた。またほとんどの人が船酔いにかかり食事の度に人が減ってきた。自分も途中から胃袋を前後左右上下にシェイクされた感じで辛かった。

3日目に入ってすぐの真夜中、船は北から流れ込む温かい水と南極から流れ出る冷たい水が交わる海域を通過した。ここから先は水温も気温も一気に7、8度下がるそうだ。試しにデッキに出てみると確かにさっきまでよりもぐっと涼しい、いや冷たい。南極が近づいてきたのを実感する。それから間もなく海は穏やかになってきた。

110img_0145 昼食後にふと外を見ると何か白い物が浮かんでいる、氷山だ!白や青味がかった白をしたいろんな形の氷山が次々と通り越していく、美しい。

夕方になって南シェトランド諸島にあるアイチョー島に初上陸した。

120img_0243

上陸にはゾディアックというゴムボートに乗る。

130shokalskiy173_2 そこではたくさんのペンギンが出迎えてくれた。その格好、仕草のかわいいこと。ずっと見入ってしまった。

210img_0261 220img_0311 230p1050580 240shokalskiy033 250shokalskiy163 260shokalskiy138 270shokalskiy141 280shokalskiy156 さてそれからは周辺の南極各地を周った。天候が悪くて1日外に出られない日もあった。

310img_0201 320img_0202 こちらは デセプション島にある世界最南端で湧き出る温泉。海パン1丁で氷が浮かぶ南極海に飛び込んだ後で湯船に浸かりました。これはもう気持ちいいの局地です。本当に極楽のようでした。

410img_0341 420img_0335 4302 そして3月3日、ついに南極大陸にある南極半島に上陸しました。この日は朝から雲ひとつない快晴でその景色は素晴らしいものでした。”飛び出せ☆”のサインを作ってかざしてみました。この長い旅行の節目を迎えたという気がしました。

510shokalskiy188 520shokalskiy050 530shokalskiy090 540shokalskiy293 南極で見た動物、ジェンツーペンギン、アゴヒゲペンギン、アデリーペンギン、ヒョウアザラシ、南極ゾウアザラシ、ナガスクジラ、ミンククジラ、各種の鳥。こんなにたくさんの珍しい動物を見ることができて満足です。

550img_0476 これはアザラシに食べられたペンギンの残骸です。ここにも弱肉強食の厳しい自然がありました。

610p1050601 またここでの食事はすごい。昼食と夕食にはスープ、サラダにメインとデザートといったフルコースがテーブルでサービスされるのだ。バックパッカーがこんな豪華な食事を毎日していていいのだろうかという疑問を持ちながらもたくさん食べる毎日なのでした。その一方で運動はほとんどしないので身体が一回り、二回り大きくなってしまったようです(汗)

710shokalskiy213 また今回南極にあるイギリスとウクライナの観測基地を見学させてもらった。イギリスの基地の周りにはたくさんのペンギンがいた。基地の人の話ではこのペンギンに去年のクリスマスイブの日12月24日に初めてのヒナが誕生したんだそうだ。それはそれは可愛かったそうだ。

720img_0394 ウクライナの観測基地には東京まで16,411キロと書いてあった。彼らは過酷な生活に耐えながら熱心に研究を続けている。

730img_0397 近年オゾンホールが問題になっているオゾン層の様子もずっと観測しているそうだ。これがそのための装置。

740img_0401 息抜きはこちらの世界最南端バーで。ウクライナ人スタッフに習ってウォッカをショットで一気飲みしたら強い~~。体中カーッとなりました。

750p1050643 またこれは南極の氷で作ったオン・ザ・ロック。ゆっくりと手で温めると、パキーン、パチパチっとはじける音がします。そして1万年前に閉じこめられた空気が出てくるのです。その頃の南極や世界はどんなだったんだろうと思いをはせるとロマンを感じます。

こうしていろんなことがあった6日間の南極滞在もあっと言う間に終わり我々はまた2日かけてウシュアイアまで戻っていったのです。帰りのドレーク海峡は7ポイントともっと大荒れでした。薬を飲んでベッドで横になってひたすら耐えていました。

そして無事に帰還、下船。
安全に船を運航してくれたロシア人クルー達、おいしい食事や快適な部屋を提供してくれた世話係、

820shokalskiy321 そして冒険家のリーダーを始めとして動物学者、クジラ研究家、医師などが集まった冒険サポートチーム、皆さんには大変お世話になりました。また船内で知り合った各国からの参加者達、楽しい時を過ごさせてもらいました。みんなとの感激の別れです。

この南極は今回の旅の中でも特別でした。何か1つのことを達成した満足感で一杯でした。これでもうこの旅を終わりにしてもいい、そう思える位でした。とは言え南米の旅はまだまだ続く予定です。これからもよろしくお願いします。

910shokalskiy201 920img_0434 940img_0383 ありがとう、みんな。ありがとう、動物達。ありがとう、南極。

尚、今回アップした写真は自分で撮影したものの他にツァーで一緒になった人が撮影したものも半数足らず含まれています。ご了承ください。

2008年3月15日 (土)

中南米編32 南米最南端へ

640km/93008km プエルト・ナタレス-ウシュアイア(36カ国目 アルゼンチン)

010s_america 110p1050469 120p1050475 プエルト・ナタレスから朝早くバスに乗りました。途中でバスを乗り換えてそのバスのままフェリーに乗ってマゼラン海峡を横断です。30分程の航海でしたが500年近く昔この海峡をかのマゼランが渡って世界一周を実現したと思うと感慨も一入でした。

130p1050480 そこからさらにバスを乗り換えて夜遅く南米最南端の町ウシュアイアに到着しました。

210p1050483 220p1050761 230p1050764 ウシュアイアでお世話になるのはアルゼンチン在住40数年、先日85才の誕生日を迎えられた上野さんが切り盛りされている上野山荘と言う日本人宿です。5年前にご主人を亡くされてからは娘さん夫妻の助けを借りながらも通常は1人で運営されています。宿泊者もよく心得ていて自分達でできることはなるべくお母さんを煩わせないように宿泊しています。とは言っても宿をやるのは大変、我々日本人旅行者の為にこうしてとても良心的な値段で宿を提供してくれるのはありがたいことです。優しいお母さんと甘えん坊の愛犬トゥルーチャに出迎えられてここまでやってきてよかったと思う旅人はたくさんいるはずです。またここにはドラム缶の五右衛門風呂があるんです。パタゴニアに来て冷えた身体をこの五右衛門風呂が温めてくれて最高の入り心地でした。

310p1050706 320p1050484 330p1050490 340p1050710 翌日は快晴。町の中を歩くと遠くには雪をかぶった山々。そしてヨーロッパ風の風情のある町並み。ここが南米であることを忘れてしまいそうです。

410p1050733 420p1050745 またここには世界最南端の鉄道が通っているんです。と言ってもそれは今から100年程昔ウシュアイアに建設された刑務所に物資を運ぶために囚人によって作られた幅60センチのミニチュア線路なんです。その上に小型の蒸気機関車が1日3往復観光客を乗せて7キロの道のりを往復します。それは世界の果ての列車と呼ばれています。ゆっくりと走る列車の窓からは広く色づいた山々、紅葉が始まった森、馬がたくさん駆け周る草原などが次々と見えて1時間の旅はあっと言う間に終わります。冬になるとあたり一面雪で真っ白になるそうです。

さてこのウシュアイアは南緯55度、北緯でいうと北海道の更に北、サハリンの北端に当たります。ということは、この辺の海にはいるんですよ、カニさんが。
510p1050713 という訳でついに日本を離れて初めて食べました。正式名はわかりませんがこちらでセントージャと呼ばれるカニはタラバガニそっくり。味もあのカニと同じです。久しぶりでおいしかった~~。

520p1050716 そしてこのアイス、パタゴニアに自生しているカラファテという木の実がはいっています。甘酸っぱくて美味でした。

この南米最南端の町に来たのには実は大きな理由があるんです。
それはこの地球の最南端を目指すためです。そうです。南極です。
その様子は次回のこのブログで紹介させていただきます。

2008年3月 9日 (日)

中南米編31 パタゴニアの船旅

1360km/92368km プエルト・モン-プエルト・ナタレス

010p1050383_3 プエルト・モンにあるアンヘルモと言う魚市場に行ってみました。そこではさけ、はまぐりなど種類は少ないけどサンチャゴとは比べものにならない程新鮮な魚介類が並んでいたんです。

020p1050372 いろんな貝を干したものも売ってました。

030p1050375 040p1050379 そこで名物のクラントと言うものを食べました。ムール貝、はまぐり、ソーセージ、じゃがいもなどを薄味で煮込んだもの。よく味が染みてとてもおいしかった。このクラントと言う言葉の響きやソーセージを使うところなどは昔ここにはドイツからの移民が多かったということと関係があるかもしれません。

050p1050390 付近を散歩していると遠くに富士山そっくりのオソルノ山が見えました。ああ、富士山が恋しいなぁ。

110p1050384 120p1050386 130p1050394 さてここプエルト・モンに来たのはここから1300キロ余り南にあるプエルト・ナタレスと言う町まで3泊4日の船旅に出るためです。
ところが本来14時集合、16時出港の予定だったのですが何か問題があったらしく遅れていました。
15時に集合しましたがなかなか乗船しません。17時になってやっと乗船です。
250p1050439 船はエヴァンゲリスタス号。特等から3等まであり定員200人余りはほぼ満員。自分の泊まる3等でも個別のベッドとロッカーがあって結構快適です。

乗船してからも準備に追われて実際に出港したのは20時でした。ま、船旅には遅れは付きもの。ゆっくりと楽しみましょう。

船内には食堂、バーラウンジ、デッキなどがあり各自好きな場所に陣取りのんびり過ごします。
210p1050389 デッキには巨大なチェス盤があり4人がかりでチェスをやってました。

220p1050403 船は自動操縦のようで人がいない操縦席も見学自由でした。

230p1050414 240p1050405 毎日の予定は掲示板に張り出してくれます。各自好きなものに参加すればいいんです。
日中はパタゴニアの自然、民族などの講義があります。パタゴニアにはモンゴロイド系の先住民がいて主に魚を捕って暮らしていたそうです。
プエルト・モンを出る時には快晴だったのですが南下するにつれてだんだん天気は悪くなり厚い雲が空を覆いました。時には雨もぽつぽつ降ってきたんです。
気温もどんどん下がってきて風も強くデッキに出るには上着を着ないと寒くていられません。

船からの景色は刻々と変化します。たくさんの小島の間をくぐるように走っていたかと思うと何もない外海に出たりしました。外海ではかなり揺れがあって気分が悪くなる人も続出です。
海面を見ていると時々お客さんが来ます。ウミウやウミネコなどのいろんな鳥が食べ物が目当てでしょうか、何羽もやってきました。
そしていくつかの何かの群れ。よく見ているとそれはイルカでした。並んで泳ぐ姿は可愛いですね。しばらくの間船と一緒に泳いでから離れて行きました。

310img_0064 3201 それらの景色を見ながら過ごしていると突如はるか前方に青白い色をした巨大な山が現れました。船はゆっくりとそこに近づいて行きます。すると青く輝く氷河がそこに広がっていました。その美しいさに寒さも忘れて思わず見とれてしまいました。

410p1050437 420p1050424 船内での日課の中で食事は重要な出来事です。運動しないにもかかわらず食欲は衰えず3食たっぷりと食べました。あ~体が重たい。

5103 また途中で先住民の村プエルト・エデンに寄りました。時間が遅れているため上陸はできませんでしたがそこにアジアからやってきた人々が今でも暮らしているというのはとても興味深いことです。村には小学校もあるそうです。

520img_0105 そして終盤の見所がここ。航海中最も狭い横幅がたったの80メートルの海峡を通過しました。この時は手動での操縦で船は上手に岩を避けながら進んで行きました。無事に通過すると拍手が沸き起こりました。

610p1050445 さてこんな4日間の船旅も終わり無事にプエルト・ナタレスに到着しました。外に出てもまだ揺られている感じがしますが今日はゆっくりと休むとしましょう。

☆☆☆☆☆    緊急予告     ☆☆☆☆☆☆☆

さて自分は現在南米最南端の町ウシュアイアにいます。ここから地球の果て南極大陸まではあと1000キロ程です。
いろいろな困難がありました。でも自分は決めたのです。南極に行くことを!
その様子はまたこのブログで報告させてもらいます。
それでは行って来ます!

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