相互リンクさせていただいています

  • 奴豚 牛美の長期滞在型ジプシー生活
    2008年3月にウシュアイアでお会いしたカップル。ニックネームもユニークですが、世界各地で行われるマラソン大会に出場しながら各地を周るというこれまたユニークな旅をしている元気なお二人。長い滞在ならではの穴場情報もありますよ。
  • 一人旅 - 自由なバックパッカー海外旅行
    1982年生まれのKJさんが経験したヨーロッパ・アジアでの海外一人旅の旅行記を画像・動画を交えて綴ります。
  • 雲と地平線の間
    2007年4月ジンバブエで会った友達。2008年再びジンバブエでの生活を始める。旅の中で考える様々なことを綴った日記は興味津々です。
  • バックパッカーズ
    3年半に及ぶ世界一周の旅を紹介するとともにバックパッカーに役立つ情報を満載しています。,長旅の準備,世界の安宿,193カ国の査証(ビザ)・国別情報,旅行用語集など見ているだけでワクワクしてきます。
  • ねこ旅
    世界各地を旅行されているぐれねこさんのサイトです。ぐれねこさんお手製のイラスト地図は情報が入りにくい地域の物が多くとても参考になります。

最近のトラックバック

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月の8件の記事

2007年11月30日 (金)

中南米編16 3国の旅

613km/75858km サンサルバドル-エル・アマティージョ(30カ国目 ホンジュラス)-マナグア(31カ国目 ニカラグア)-グラナダ

S_america 今日は朝5時のバスに乗ってサンサルバドルを出発です。

010p1040034 020honduras_l_150 川の国境を渡ってまずはホンジュラスへ。そしてひたすら緑の山の中を走り続けました。

030nicaragua_l_150 4時間足らずでホンジュラスを通過して次はニカラグア入国です。そこからさらに2時間走ってニカラグアの首都マナグアに到着しました。しかしここは治安が悪いという話をきいていたのでそこからタクシーに乗って古都グラナダにやってきました。

100p1040045 グラナダはグァテマラのアンティグアよりも更にこぢんまりとしていて静かで平和な街です。

110p1040040 街中にいきなりカラオケの文字があって喜んでしまいました。

120p1040047 130p1040048 翌日市場に行ってみるとこちらではシーフードをたくさん食べるらしくエビや魚が並んでいました。食堂では魚が丸ごと入ったスープがあったので食べてみると、香辛料をそんなに使っていない薄味でしかも魚のダシがよく効いたおいしいスープでした。おばちゃんごちそうさま。

140p1040052 外では初めて見る果物がありました。グレナディーナというこの果物は外見はごつごつの瓜みたいであまり見栄えはよくありません。珍しそうに見ているとおばちゃんが切って食べさせてくれました。中を割るとやはり瓜みたいで中央にグァバのような種が詰まってます。この種の周りを食べるんだそうです。口に入れるといい香りと甘酸っぱい果汁が広がりました。なかなかイケる味です。

150p1040063 またここには中米一大きいニカラグア湖がありました。湖岸から見ると波打っていてまるで海のようです。

200p1040068 街の中心には大きな広場があってそこではいろんな出来事があります。
聖堂では葬式が行われていて特別な馬車が死者を墓地へと運んで行きました。

210p1040073 こちらでは巨大な版画を刷っていました。ローラー車を上から転がして完成です。なかなか見事な絵ですね。

220p1040088 そして週末にはエイズ撲滅キャンペーンをやっていて子供達の可愛いダンスが披露されていました。

短い滞在でしたがニカラグア人も陽気で親切な人が多く楽しい滞在となりました。
さてまたまた次の国へ出発です。

2007年11月26日 (月)

中南米編15 中米の小国

225km/75245km アンティグア-グァテマラシティ-サンサルバドル(29カ国目 エルサルバドル)

003s_america アンティグアから首都のグァテマラシティへ。そこから国際バスに乗ってエルサルバドルに向かいました。陸路での国境越えはヨルダン、シリア以来です。中米の4カ国(グァテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア)は外国人は4カ国共通で90日の滞在を許可されます。そしてその4カ国内の移動の場合はその都度出入国のスタンプは押されません。ですから例えばグァテマラ入国とニカラグア出国で1組になります。それだけ結びつきが強いんでしょうかね。

005el_salvador_l_150 国境を通過してエルサルバドルに入りました。この国では旅行者にとって便利なことがもうひとつあります。それは自国の通貨がなくUSドルがそのまま使用されていることです。ATMからもUSドルが出てきてちょっと不思議な気持ちです。

010p1040007 020p1040002 首都サンサルバドルの街を歩いてみました。すると想像していたのと違いすごい都会でした。中米最大規模のショッピングセンターは品物で溢れ平日の昼間でもたくさんの人でごったがえしていました。色とりどりの新鮮な野菜、おいしそう~。

100p1040020 110p1040022 120p1040026 街の中心部には国立宮殿やきれいに彩られたカテドラルがありました。その前の公園では家族連れがのんびり散歩していました。

200p1040011 210p1040016 自分が街歩きをして一番楽しいのはやはり市場です。その国の人々の生活を直接垣間見ることができるからです。ここの市場も巨大であらゆる生活品を売っていました。食べ物の種類も豊富ですがここで見つけたレアもの。

220p1040018 これはウミガメの卵、とてもおいしいよと店の人は言ってました。

230p1040019 240 そしてこれはアルマジロの甲羅です。これで哺乳類だそうです。これも肉はおいしいらしいです。

300p1040014 310p1040012 この人が焼いているのがププサ、とうもろこし粉を練った生地の中に豆やチーズを入れてこのように焼いて食べます。中米でもここエルサルバドルだけで食べられているそうです。キャベツの酢漬けやトマトソースと一緒に食べるとまるでお好み焼きのようでおいしい~~。

320p1030997 エルサルバドル産のビールピルセナーは結構こくがあっておいしいかった。

この国に来て感じたのはみんな気軽に写真を撮らせてくれることです。グァテマラでは恥ずかしがったりいやがったりする人が多かったんですがこちらでは市場でも街中でもみんな喜んでカメラに向かってくれます。これも陽気な国民性の表れでしょうか。隣同士でこんなに違うのがおもしろいですね。

2007年11月21日 (水)

中南米編14 グァテマラあれこれ

0km/75020km アンティグア

010p1030862 グァテマラの食べ物です。朝食の定番がこちら。卵、チーズ、バナナのフライ、それに黒豆を塩味で煮たフリホーレス。小豆に似た味で砂糖を入れればデザートにも変身しそうです。これを焼きたてのトルティーヤ(丸くてぺちゃんこなとうもろこしのパン)と共に食べます。これで朝から元気もりもりです。

020p1030912 030p1030705

100p1030733 この果物、名前はサポテンと言うそうです。外側は硬くてあまりおいしそうではありませんが割ってみてびっくり。大きな種ときれいなオレンジ色の身。これが柿の味に似ていてとても甘いんです。今までどこにもなかったので驚きでした。

110p1030694 そしてこれ、みなさんもよく食べると思うのですが何だと思います?正解はマカダミアナッツでした。甘みがあっておいいしい~。

200p1030614 これはグァテマラのNo1ビール、ガジョーです。ビールのことはスペイン語でセルベサと言うそうです。最初に覚えたスペイン語です(汗)

300p1030663 聖堂の前を通ったらちょうどお葬式が始まるところでした。黒い喪服に身を包んだ遺族が棺を乗せた車に続いて到着したところでした。

400p1030945 410p1030958 420img_4691 430p1030964 グァテマラシティの南方にパカヤ火山があります。ここは活火山で現在も溶岩が流れ出ていると言うので見に行きました。バスで麓まで行きそこから徒歩で1時間ほど山を登って行きました。すると遠くの山で溶岩が流れ出ているのです。さらに近くまで行くとあちこちで熱い空気が吹き出していて所々では冷え固まった溶岩の下から赤い溶岩が見えています。冷や冷やしながら溶岩が地上に流れ出ている場所に辿り付きました。正に目の前で溶岩がどんどん流れ出ています。試しに長い棒を突き刺してみました。どろっとした感触で棒は溶岩の中に刺さったかと思うとあっという間に火を出して燃え始めました。一歩間違えば大火傷をするだろうスリルと興奮に満ちた火山散歩でした。夕暮れ時の溶岩と夕日のコントラストが最高に美しかった~~。

さて控えめな人達とのんびりした空気に思わず長居してしまったグァテマラに別れを告げて次なる国に行きたいと思います。

2007年11月17日 (土)

中南米編13 世界一美しい湖

166km/75020km アンティグア-パナハッチェル-サンタ・カタリーナ-パナハッチェル-サン・ペドロ・ラ・ラグーナ-サンチャゴ・アティトラン-パナハッチェル-アンティグア

グァテマラには世界で最も美しいと言われるアティトラン湖があるというので行ってみることにしました。
アンティグアからバスで山道をゆっくりと進んで2時間あまりで湖畔の町パナハッチェルに到着しました。

010p1030898 さっそく湖の周りを散策です。アティトラン湖はサロマ湖に匹敵する程の広さがあり対岸には3つの火山がそびえていてとても風光明媚なところです。

090p1030866 標高が高いせいかかなり涼しく大きなポインセチアの木が赤く色づいてました。これを見るとクリスマスが近いなという感じがしますね。

030p1030869 さて歩いて1時間の隣り村サンタ・カタリーナにある湖畔の露天風呂に行きました。途中地元の子供達がお使いで町から買い物をして帰る姿をたくさん見ました。みんな偉いなぁ。

100p1030895 110p1030883 その露天風呂ですが本当に湖のすぐ脇にあります。湧き出ているお湯はかなり熱いのでそれを湖の水で適度に薄めて入ります。先客が何名かいましたがご一緒させていただくことに。露天風呂と言えばビール♪目の前にそびえる富士山のような山を見ながら温泉に浸かってビール。もう言うことなしです。

200p1030909 230img_4671 240p1030911 湖の周りにはたくさんの小さな町があって先住民が暮らしています。翌日船でそのいくつかを訪ねてみました。

250pb021447 260pb071574 270pb101591 280pb101611 おもしろいのは各町の女性や男性はその町独特の色合いをした民族衣装(ウイビル)を身にまとっているのです。ここで紹介しているのはこの湖の周りの町のウイビルだけではないのですがこのように色とりどりのウイビルはとても美しかったです。
この写真をご覧になってウイビルに興味を持たれた方はミクシィでウイビルを紹介しているコミュニティがあります。今回その主催者の方と同じ宿になりお話を伺ったりこれらの写真を提供していただいたりしました。よかったら是非覘いてみてください。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2731101

300p1030859 310p1030903 320p1030917 330p1030922 そして今回お世話になったのがツーリストホーム村岡さんです。こちらのウリは日本食の夕食。1日目はマグロ丼、2日目はヒラメ(カレイ?)の煮付け、そして3日目は握り寿司ともう大大大満足でした。見てください。おいしそうでしょ?60代の元気なご夫婦の心のこもったもてなしにも癒されます。お話もとてもおもしろいですよ。年内を目処に新しい場所に拡張新築移転するそうなのでこちらにお越しの際は是非泊まってみてください。村岡さん、大変お世話になりありがとうございました。

400p1030854 夕暮れの山を背にしたアティトラン湖に後ろ髪を引かれつつアンティグアまで戻ってきました。

2007年11月13日 (火)

中南米編12 マヤ文明最大の遺跡

820km/74854km アンティグア-フローレス-ティカル遺跡-フローレス-アンティグア

グァテマラにはマヤ最大の神殿都市遺跡、ティカル遺跡があるというので見に行くことにしました。
アンティグアからバスを乗り継いで10時間、ペテン・イツァ湖に浮かぶ小島フローレス島にやってきました。バスで知り合ったアメリカ人3人とグァテマラ人1人と翌日一緒にティカル遺跡に行くことにしました。
フローレスからティカルまでは約60キロ、1時間半程で到着しました。中に入って驚きです。そのスケールの大きいこと。
010img_4612 020p1030775 030img_4641 040img_4613 最盛期には数万人が住んでいたとされるこの都市の中には3000以上の建造物があるそうで特にたくさんの神殿、広場、宮殿などが大きくひときわ目を引いていました。

050p1030785 100img_4622 110p1030788 中には高さ50メートルを超える神殿もあります。このように横にはしごのような階段があって上まで上ることができます。恐いながらもゆっくりと上ってみました。

1202 上から見ると鬱蒼としたジャングルの中に突如現れる都市の様子がよくわかります。1000年以上昔にこのような立派な建造物が造られたのは驚きです。
しかしなぜこれほど高度で繁栄していた文明が突然衰退してしまったのかは未だになぞです。周りの自然を破壊し過ぎて必要な資源を得られなくなってしまったという説が有力らしいです。これには我々現代人も考えさせられることがあるのではないでしょうか。

200p1030797 210p1030801 さて夕暮れ時になるときれいな夕焼けにそまった神殿が緑から顔を出して幻想的でした。

300img_4597 310p1030791 320img_4614 330img_4635 またこの辺りは動植物の宝庫でもあります。たくさんの野生の猿、オウムなどの美しい野鳥たち。そして日が沈んだ後には無数のホタルが道を照らしていました。この地球上にこのような場所が少しでも多く残ってくれることを願うばかりです。

2007年11月 9日 (金)

中南米編11 死者の日

30km/74034km アンティグア-サンチャゴ・サカテベケス-アンティグア

11月1日はグァテマラでは死者の日という祝日です。これは日本のお盆みたいなもので先祖を供養するための日だそうです。この日アンティグアからバスを乗り継いで1時間程のサンチャゴ・サカテベケスという小さな町で凧揚げ祭りが開かれるというのです。お祭りにはこれまでなかなか出くわしたことがなかったので行ってみることにしました。

010p1030730 現在泊まっているのはアンティグアにあるペンション田代という日本人宿です。他の宿泊者と一緒に行くことにしたら何と総勢20人余り。こんなにたくさんの日本人に会ったのは日本を出てから初めてでした。バスはもう半分貸し切り状態でした。

020img_4534 030img_4531 040img_4530 さてバスを降りると会場に向かうたくさんの人達が歩いていて道の両側には食べ物屋や移動式の小さな遊園地ができたりしてお祭り気分を盛り上げていました。

100img_4541 110img_4581 120img_4563 さて会場に着くとそこには大小様々な凧が揚がったり揚げる準備をしたりしていました。ここの凧の特徴は全て円形なんです。大きな凧は直径10メートル以上はあろう巨大なもの。しかしこの巨大凧はもっぱら見たり記念撮影をするためのもののようです。それでも直径5メートル位の大凧がいくつか揚がっていました。

130img_4587 中には日の丸を掲げた凧も揚がっていました。その凧を揚げている若者にあの旗どこの旗か知ってる?って聞いたら元気よくいいえと、、、

会場は500メートル四方位でその中でたくさんの凧とたくさんの見物人でごったがえしていました。

150img_4584 地元のミスコンも開かれていました。

160img_4547 170img_4540 日本人の自分に少し異様に思えたのがこの凧揚げ会場、実は墓地なんです。こちらでは死んだ人は火葬しないでそのまま土に埋めます。一つ一つの墓には今日の為にマリーゴールドの花が供えられていました。何百という死者が眠っているその墓の上を凧揚げの人達や見物人が走り回っているのです。

200img_4554 220img_4559 祭りには先住民のインディヘナの人達もきれいな衣装を着てたくさん見に来ていました。そして大凧の前で記念撮影を。

2301 いつもはひっそりとしているであろうこの墓地で地に埋まっている先祖達もにぎやかで楽しい一時を満喫していることでしょう。

2007年11月 5日 (月)

中南米編10 中米へ上陸

3145km/74004km ハバナ-グァテマラシティ(28カ国目 グァテマラ)-アンティグア-プエルト・サン・ホセ-アンティグア

010s_america 020guatemala_l_150 キューバから飛行機でパナマを経由してグァテマラの首都グァテマラシティへ着きました。でもここは見所もなく危険だというのでそこからさらに車で古都アンティグアまで来ました。

030p1030657 アンティグアはかつてはグァテマラの首都でしたが1773年に地震で大きな被害を出してグァテマラ・シティに移されたんだそうです。それでも時計台など当時の建物がそのまま残っていてきれいな街並みを作っています。

040p1030631 十字架の丘に登るとそのきれいな町並みが一望できました。

050p1030667  またこの町の南にはまるで富士山のようにそびえるアグア火山があります。

さてこの町にやってきた目的がひとつあります。それはスペイン語を習うことです。これから中南米を南下していく予定なのですが中南米はほとんどがスペイン語、英語はあまり通じないようなんです。ここアンティグアにはたくさんのスペイン語学校があると聞いてこの際スペイン語を習ってみようと思ったのです。とは言っても期間は1週間。20時間のコースです。さてさっそく学校に行きました。そこではたくさんの生徒が熱心に勉強していました。正直言ってスペイン語は英語よりも動詞や形容詞の変化が多くて覚えるのが大変だと思いました。それでも1週間通って少しはスペイン語のとっかかりが掴めたかなと言う気がします。これからは実践で身につけていくつもりです。

100p1030716 カノ スペイン語学校の校長先生、そしてオグラ先生どうもお世話になりました。

そしてある日曜日海外青年協力隊のみなさんと一緒にドライブに連れて行ってもらう機会がありました。アンティグアから車で1時間あまり行った所にあるプエルト・サン・ホセと言う町に行きました。
200p1030690 きれいな海もさることながらお目当ては新鮮な海の幸です。

210p1030678 220p1030682 さっそく海辺の漁師の店に行ってみるとあるある。いろんな魚が並んでいました。今日はその中からスズキとタイを買ってそれを近くの韓国料理屋でさしみ、フライ、チゲ鍋にしてもらいました。新鮮なさしみはうまい!もう一同大満足でした。

230p1030713 また海老を買って帰り夕食にも宿の人達と満喫させていただきました。
今回のドライブを企画してくださったJICA シニアボランティアの島田さんご夫妻、どうもありがとうございました。また仲立ちをしてくださった伊吹さん、ありがとう。

300p1030725 夕暮れになると夕日に染まったアグア火山が美しく見えました。誰かが既に呼んでいるかもしれないけど自分はグァテマラ富士と呼びたいです。

2007年11月 1日 (木)

中南米編9 キューバあれこれ

0km/70859km ハバナ

010p1030429 020p1030456 030p1030514 まずはキューバの食べ物です。鶏や豚、それに島国なので魚介類もよく食べるようです。こちらの鶏に添えられているのは赤飯のようですが米がパラパラなのを除けば正に赤飯、ちょっとうれしくなりました。

110p1030386 120p1030240 130p1030261 これまでに周った国の中で中華街があったのは3カ国でした。タイ、モーリシャス、そしてここキューバです。ところがここの中華街は明らかに他とは違っていました。それは中華街なのにほとんど中国人がいないことです。立派な門があって街や店には漢字や中国っぽい絵がたくさんあるのに通りには中国人はまばら。そしてレストランではウェイターどころかコックさんも中国人ではなくて現地の人なんです。
試しに焼きそばを注文してみたらこういう料理が出てきました。焼きそばですと言われればそうですかとしか言えませんが味は見た目よりも焼きそばっぽかったです。野菜炒めやチャーハンなどは結構いけました。不思議なのはどのお店でもイタリア料理も出していてそちらの方がおいしかったりするんです。

210p1030362 教会の前を通ったら丁度結婚式をあげているカップルがいました。ドレス姿でポーズを取っていたので自分もパチリ。きれいですねぇ。

310p1030274 この花を見たら曼珠沙華を思い出しました。日本では今頃満開でしょうか。

410p1030256 さてキューバのビールはこの軽いクリスタルと重めのブカネロが人気を2分していました。

430p1030257 そしてさとうきびから作ったラム酒も有名です。ラム酒と言えばプエルトリコのバカルディが有名ですが何とバカルディは元々キューバで造られていたんだそうです。革命後にキューバからプエルトリコに移されてその後にキューバではこのハバナクラブが作られるようになったんだそうです。造りたてから1、3、5、7年と様々な種類があって7年物で1本1000円程です。口に含むとまろやかな香りが広がっておいしい~~。

440p1030468 そしてこれがラム酒ベースのモヒートと言うカクテルです。柑橘系の甘酸っぱさとよく合います。

450p1030560 キューバの葉巻は世界的にも有名なんだそうです。このコイバという葉巻、キューバでも1本2000円もしていました。試しに安い葉巻を吸ってみましたが葉巻を吸ったことがなかったのでおいしいのかおいしくないのかわかりませんでした。

460p1030562 このチャウチャウ宿に近くのうちにいて1日中外を見ていました。かわいい~~。

500p1030586 こちらはハバナで最後にお世話になったカサの家族。大人数で賑やかに楽しく暮らしていました。お世話になりました。

最後になりましたがキューバにとって忘れてはならないのが革命の歴史です。1959年、カストロ現首相や故チェ・ゲバラを中心とする革命軍が長いゲリラ戦の末にそれまでの独裁者バティスタ大統領を破って革命政府を樹立しました。これは紛れもなく素晴らしい出来事でその偉業を称えるべくキューバの国のあちこちにはチェ・ゲバラや革命軍に纏わる広場、博物館、霊廟などが存在しているんです。
それから50年近くの間アメリカとの国交断絶やキューバ危機、ソ連崩壊などの大きな出来事を経て、また経済的困難に直面しながらも地道に独自の改革路線を歩んできました。陽気で辛抱強い国民はそれらの困難に必死で耐えてきたように思います。また辛い時に様々な音楽はきっと人々の心を癒し続けてきたことでしょう。

ハバナの街中でたまたま話をしたキューバ人がぽつりと言いました。”我々若い世代は必ずしも現カストロ政権には満足していないんだ。今時海外に旅行することはおろかインターネットや衛星テレビまで禁止と言う情報制限を受けているのはおかしい。それに資本主義になればもっと経済は豊かになるはずだ。海外の人はみんな革命は素晴らしかったと言うけれど自分達の問題はこれからどうするかなんだ。”と。
ブッシュ大統領の発言にも一理あるのかなと思いました。

情熱と優しさに満ち溢れた国キューバ、自分はこれからもこの国の行方を見守っていきたいと思います。
さてキューバともお別れして次なる国へ向かいます。

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ