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2007年4月の5件の記事

2007年4月25日 (水)

アフリカ編23 アフリカは安全?

0km/40388km ハラレ

今回はいつもの日記と少し趣きを変えて、いったいアフリカは安全なのかどうかを検証してみたい。
Img_0744 Img_0801 モーリシャス、マダガスカル、スワジランド、そしてジンバブエ。3ヶ月でアフリカ4カ国を訪れた。
アフリカに来る前はアフリカはとにかく危険だというイメージがあった。ガイドブックにもアフリカには危険な都市がたくさんあるように書いている。
現在ワースト3にあげられているのが南アのヨハネスブルグ、ケニアのナイロビ、そしてここジンバブエのハラレだそうだ。

Img_0809 その中でもここハラレは最近急激に治安が悪化しているんだそうだ。
その理由として①1980年の同国独立以来実権を握り続けてきたムガベ大統領(83)の政策の失敗により、同国のインフレ率は実に1730%(つまり100Z$で買えたハンバーガーが1年後には1830Z$になってしまう!)の超ハイパーインフレになり、失業率も80%と庶民の生活はどんどん苦しくなっている。②南アでは2010年に予定されているサッカーワールドカップに向けて治安をよくする努力が続けられている。それに伴って今までヨハネスブルグなどで暗躍していた窃盗、強盗犯達が北に追いやられる形でジンバブエに入ってきた。と言うのだ。

Img_1019 では実際にどれ位犯罪が起きているのか?在ハラレ日本大使館や宿の情報ノート、それにここで出会った日本人旅行者などから情報を集めてみた。
①まずこの宿の周りでも何件か起きているのが数人のグループによる強盗。ある日本人旅行者は夕方歩いてこの宿から5分ほどのスーパーに買い物に行き、帰る途中にナイフを持った3人組に襲われ現金を持ち去られた。抵抗はしなかったのでけがはなかった。
②また隣の宿では日本人旅行者が自室に鍵をかけておいてあったカバンから現金を抜き取られた。
③昔日本人がたくさん泊まる日本人宿として有名だったパウパウロッジと言う宿は数年前に強盗に入られ、それが原因で廃業に追い込まれた。
などいろんなケースがある。ただしここでは白昼の被害はまだ少ないようなので少しはましなのか。

Img_1106 Img_1436 南アからやってきたと言う日本人旅行者はヨハネスブルグで散々な目にあった。
真昼間に街中を歩いていたら首絞め強盗にあった。いきなり羽交い絞めにされてパスポートや腹巻のように体に巻いて見つからないようにしていたマネーベルトをあっさり見つかって全て持ち去られてしまった。回りにはたくさんの人が歩いていたのに誰も助けてくれなかった。そして警察に行ったらそれがまた大変。あまりにもこの手の犯罪が日常茶飯事なので警察でもあまり相手にしてくれず、被害にあった通りの名前が分からなければもう一度行って調べて来いと言ったんだそうだ。警察が被害届を書いてくれないと困るので仕方なしに1人でまたその現場に行った。するとあろうことかまた別のグループに首絞められたそうだ。でもさっき全部盗られたのでもう何も持ってないのがわかると舌打ちして行ってしまった。
日本から乗り継いでやってきてヨハネスブルグに降りてたった3時間の間に2回も首絞め強盗にあうなんてやはりヨハネスブルグ恐るべし。
しかし別の人の話ではヨハネスブルグは確かに治安がよくなってきていて特にワールドカップ会場予定地周辺では夜歩いていても大丈夫だと言う情報もある。

Img_1536 また初めて聞いたケースとして、タンザニアの首都ダル・エス・サラームでのこと。タクシーに乗って走っていたら途中で両側のドアから見知らぬ人が乗ってきて自分が真ん中になった。乗り合いタクシーなのかと思っていたらその両側の人がいきなりナイフを突きつけて身包み剥がされた。つまりタクシーの運転手も全てグルだったのだ。
また同じくタンザニアの宿では夜中に子供が窓から侵入して置いてあったズボンのポケットに入れていたお金を取られた。

Img_1541 別の日本人旅行者はナイロビでやはり白昼に集団強盗に襲われ取っ組み合いになった末奪われかけたバックパックを奪い返したそうだ。でも手に負傷した。

Img_1545 こんなに犯罪の話ばかり聞くと一刻も早くアフリカから抜け出したくなってしまう。
でもたくさんの旅行者はそういう危険を覚悟してでもやってくる以上の価値があると思っている。今回紹介した犯罪の中には前もって用心していれば防げることもある。でもどんなに努力しても運悪くやられてしまうかもしれない。
どうやらアフリカにいる間はできるだけの努力をしてあとは運を天にまかせるしかないようだ。そのことばかりに気をとられているよりもその分アフリカのいろいろを発見したいと思う。

2007年4月20日 (金)

アフリカ編22 ジンバブエの食べ物

0km/40388km ハラレ
005img_1530 こちらがジンバブエの国民食サザ。とうもろこしの粉をそばがきの要領でこねたものです。今日は同じ宿に泊まっているザンビア人のお姉さんに作り方を教わりました。まずこのように大なべにたっぷりの湯を沸かします。そこにカップ2杯ほどのサザを入れてよく溶かしてから沸騰するまで待ちます。沸騰したらだんだんサザを加えながら手早くこねていきます。マッシュポテトくらいの固さになったらOKです。火から離してふたをして5分ほど蒸らせばできあがりです。
010img_1435 020img_1529 030img_1554 040img_1453 これを野菜を炒めたものや鶏、魚のフライなどと一緒に食べます。儀式の時は絞めたての鶏と牛肉と一緒と言う贅沢さでした。食べ方はまず一口分のサザを右手にとってそれを握り寿司のように手で握ってこねます。それに野菜や肉とスープを添えて一緒に口に入れます。サザ自体は味がないのですがこの野菜炒めと一緒だとちょうど菜飯のようで自分はとても好きです。これだけの量でかなりお腹が一杯になります。

060img_1444 こちらは芋虫炒め。これもおいしいそう(汗)なんですがちょっと食べられませんでした。

070img_1454 これは小魚を乾煎りしたもの。香ばしくて酒の肴にぴったりです。

080img_1574 085img_1576 その酒がこちら。チブクや7days(7日間でできるのでこう呼ばれるのだとか)などがありとうもろこしを原料に作ります。度数は3度位で味は少し酸味がありとうもろこしの粉が混じっています。最初は飲み辛かったけどしばらく飲んでいるうちに結構イケる感じになりました。

090img_1458 そしてこちらはさとうきびを原料にした40度の強い酒です。ほのかにさとうきびの甘さがあって水割りでいけます。

100img_1670 一度この宿に泊まっている日本人でカレーライスを作りました。日本のカレールーだったので正に日本のカレーライス、もう感動もんでした。みんなおいしさのあまり夢中で平らげました。やはり米のご飯はうまい♪

110img_1581 120img_1582 そして最後にこの肉は何だと思いますか?通常は川や沼に住んでいて日本でもたくさん住んでいる場所があります。また日本人の女性はこの動物を結構好きな方が多いんじゃないでしょうか。これは尻尾の輪切りです。こんな風にソテーにして酢と醤油ベースのソースをつけるとこれがまたサザに合っておいしいんです。肉自体は淡白で動物と言うよりもカジキのような魚と言う感じです。さて何でしょう?

正解はワニでした。

2007年4月14日 (土)

アフリカ編21 石の国ジンバブエ

0km/40388km ハラレ
ジンバブエと言う国名はここのショナ族の言葉で”石の家”を意味するんだそうです。
その名の通りジンバブエには古代から培われてきた石の文化があります。
010img_3482 020img_3492 030img_3464 まず紹介したいのがバランシング・ロック。これを見て下さい。この絶妙のバランスで止まっている岩。空飛ぶ船と名づけられています。この辺りにはたくさんの岩がこのように積み重なっているのです。そして同じ場所にあるこちらの岩はこのように全ての旧紙幣に印刷されているんです。
040img_3469 またこの地には昔岩陰に住む人々がいて岩の内部に壁画を彫ったんだそうです。これは犬らしいです。

050img_3446 そしてこちらはジンバブエ名産という石の彫刻です。このように手で石を削りながら丁寧に作品に仕上げていきます。

060img_3449 070img_3452 園内にはいろんな像が展示してありまるで彫刻の森のようです。

080img_3456 中でもおもしろかったのは日光東照宮にある見ざる聞かざる言わざるのアフリカ版です。猿のかわりに黒人が同じポーズをとっていました。目・耳・口をふさぐ猿は幼年期の猿で、子供のころは悪い事を見たり・言ったり・聞いたりしないで、素直なままに育ちなさい。という意味が込められているんだそうです。(SATの旅日記HPより)

090img_3499 日暮れ時には夕焼けをバックに岩たちが遠くハラレの街を見守っているように見えました。

2007年4月 9日 (月)

アフリカ編20 魂の音色

140km/40388km ハラレ
040img_1477 ジンバブエには昔から伝えられる伝統楽器があります。ムビラと言います。造りは簡単で鉄を延ばした棒が30本程木製の台に固定されています。元々は地元ショナ族の宗教儀式で精霊を呼び起こす為に使われていたというムビラ。今回はその独特の楽器の魅力に迫ります。

000img_1481_1 010img_1441 020img_1443 このムビラ奏者で楽器の製作もしているガリカイさんと言う方の所を尋ねました。全て手作りで鍵盤の部分は鉄の棒を線路のレールの上で金づちで打ち付けて伸ばしていきます。1台を作るのに大変な労力がかかっています。
こうして出来上がったムビラを少し演奏してもらいました。ボンボンと小さいけれど気持ちいい響きをします。1台でもきれいな音色なのですがこれが複数になるときれいに共鳴してとても豊かなハーモニーになります。
その夜同じ宿にいる日本人でこの楽器を習っているメギーさん、スミさんと地元の人でミニ演奏会が開かれました。2台のムビラとマラカスに合わせて歌を歌ってくれてその心地いいこと。思わず自分も体が動いてしまいました。
そこでメギーさんに頼んで少しだけ弾き方を教えてもらいました。左手の親指と右手の親指、人差し指を使って弾くのですが見ているよりもかなり難しいです。それでもあの独特の美しい音が出るとうれしくなっちゃいます。
050img_1480 そしてついに自分もこのムビラが欲しくなりました。簡単に上手く演奏できるようになるとは思えませんがやってみたいと思ったのです。ガリカイさんに作ってもらって数日後に手に入れました。ジンバブエにいる間に何とか1曲マスターしたいと思って練習を始めました。

060img_1473 070a またライブハウスなどで毎週いろんなバンドの演奏があると言うので聞きに行きました。この丸い箱が共鳴版でその中にムビラが入っています。ゆっくりとしたテンポの演奏もあれば速いテンポのノリノリの曲もあったりして久しぶりに踊っちゃいました。
今回また動画をアップしようと思ったのですが残念ながら回線が遅すぎてうまくできません。またアップできたらお知らせします。

それから数日後ガリカイさんの実家で親戚ご近所が集まってファンクションと呼ばれる宗教儀式を行うと言うので参加させていただきました。ガリカイさん一家はそこで音楽を担当するのです。残念ながら写真撮影禁止だったので写真は撮れませんでした。ハラレから60キロほど離れた場所にあるガリカイさんの実家までスタッフ総出で小型トラックの荷台にぎゅうぎゅう詰めになって向かいました。それから親戚、ご近所総勢50人ほどがひとつ屋根の下に集まって儀式の開始です。はじめ儀式だと言うのですごく厳粛な規律に則って行われると思っていました。ところが実際にはとても自由でまるで久しぶりにみんなが集まる宴会のようでした。とうもろこしで作ったお酒をたっぷりと飲みながら順番に語ったり、音楽に合わせて歌ったり踊ったりしました。このイベントでは音楽が大変重要な要素になっていました。夜中に数時間の仮眠をはさんで翌日の昼過ぎまでこのイベントは続いたのです。みんなとても気さくで酔うほどに仲良くなって話したり踊ったり楽しい時間を過ごすことができました。自分達はこの文化をとても大切にしていると言っていました。いつまでも受け継いでいってもらいたいです。

ガリカイさん一家はお父さんのガリカイさんを始めお母さん、それにたくさんの子供達がいます。この子供達、全てがガリカイさんの実子ではなく親類の中で貧困、両親の死亡などで引き取り手がいない子供を一手に引き受けて育てているんだそうです。ムビラ、ガリカイさん演奏のCDを売ったお金、それと時々教わりに来る生徒からの報酬、それだけの収入でこれだけの一家を養っているのです。今回彼らと一緒にいるうちに彼らをサポートしたいと言う気持ちになってきました。もしこれからジンバブエに行かれたりムビラを習ったりする予定がある方はよかったらガリカイさんに連絡をとってみて下さい。彼らからムビラを買ったり教えてもらったりすることでサポートしてあげることになるのです。コメントを下されば連絡先をお教えします。是非お願いします。

この短い滞在期間にメギーさん、スミさんに教えてもらってカリガモンベ(Karigamombe、倒れる牛と言う意味だそうです)、ネマムササ(Nhemamsasa)の2曲の弾き方を少しずつ覚えました。ありがとうございました。精霊を呼び起こす為に使われていたというムビラ。その神秘的な生い立ちをそのまま表しているかのような音色。ここを離れてもこれからも愛していきたいと思います。

2007年4月 5日 (木)

アフリカ編19 ついにストライキ

0km/40248km ハラレ
市民の怒りが爆発する時が来ました。4月3,4日とハラレの街は総ストライキに突入するらしいのです。
Img_1527 公共機関、交通、商店など全て閉まってしまうというので2日間の食料、水、酒(^^;)などを買い込みました。これでいつでも準備OKです。

ところが3日の朝街に出て見ると全くストの気配がありません。人々はいつものように出勤しています。ただ警官がいつもよりもたくさん歩いているかなと言った程度です。宿の人の話だとストをやりたい人はたくさんいるんだけど政府が武力行使をしてでもそれを押さえ込もうとしているらしいのです。ですから今回はストができなくてもいつか突発的に起こる可能性はあります。取りあえず今回のストは回避されました。

対ドル相場は落ち着いてきたのですが物価はまだ上昇を続けています。パンや飲料水など生活に直結するものも容赦なく上がっています。ペットボトルの水は2週間で3倍になりました。
Img_1515 Img_1520 Img_1525 そこで今日は同じ宿に泊まっている中国人に教えてもらって小麦粉を使って葱油餅(ツォンヨーピー)と言うチヂミみたいな食べ物を作りました。同宿の日本人みんなでおいしくいただきました。

ここハラレには昔パウパウロッジと言う日本人がたくさん集まる宿があったそうなんですが数年前に強盗が入ってその影響で閉鎖を余儀なくさせられてしまったそうです。その代わりに今自分がいるパーム・ロック・ビラと言う宿にたくさんの日本人がやって来るようになりました。現在は何と総勢8人の日本人が泊まっています。街の中心にも近くスーパーも近くにあって便利な所です。共同の台所もあるので自炊もできます。ただしこの界隈は特に日が暮れてからは危険なので出歩かない方がいいと言われています。実際に数週間前にも日本人旅行者が夜宿の近くの通りを歩いていて強盗に襲われて荷物を奪われてしまったそうです。やはりここはアフリカ、いつも用心していなくてはなりません。

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