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2006年12月22日 (金)

アジア編83 インド最大の都市へ 2006/12/10-15

2038km/26068km コヴァーラム・ビーチ-トリヴァンドラム-ムンバイ
南部のケララ州ともついにお別れして列車で一気にインド最大の都市ムンバイに向かいました。45時間というこれまでの最長時間です。初日は朝8時に乗って一日中景色を眺めていました。ケララ州は海岸のヤシの木の間を走っていましたが途中から線路が内陸を通ります。するとそれまでとは一変して大きな岩山が遠くに続く荒涼とした平原になりました。作物も米からとうもろこしやヒマワリに変わりました。多分搾油用のひまわりですが何キロにも及ぶ広大なヒマワリ畑は圧巻です。しかもこの時期なのに小振りの花が満開でした。
Img_2099_1 列車の中でずっと過ごしていると食事が1大イベントになります。今回は朝食1回、昼食と夕食を各2回食べました。食堂車もあるようですがかなり高いのでみんな定食を注文したり自分でいろいろ持って来たりして席で食べています。定食には菜食と普通食の2種類があります。昼食に普通食を頼んだら出てきたのはチキンカレー、豆のスープ、ご飯、それにチャパティーでした。空腹も手伝って結構おいしく食べました。
さて夕食は何かと言うと昼食と全く同じ物が出てきました。次の日の昼食、夕食も全く同じでした。いくらおいしくても毎回同じは勘弁してくれ~という感じでした。

Asia_29 Img_2129 さて丸二日の旅も終わりムンバイに朝5時に到着しました。やっと見つけた宿に荷物をおいて人影もない街を歩いて海辺までやってきました。港の向こうに見える赤く染まった朝焼けがとてもきれいでした。

Img_2130 Img_2131 Img_2174 Img_2224 ムンバイにはインド門やタージホテルなど歴史を感じさせる建物がたくさんあって他のインドの都市とはだいぶ趣が違います。
これからしばらくここに滞在します。

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コメント

私はケララの最南端、コモリ岬にも行きました
そこから、車で6~7時間程山間の小さな村に
SEEDS-INDIAという施設が有ります。
そこは、貧しい女性の為の教育施設で、ほかに
病院で、昼食を配る配給などもやっています。
 私は今でもこの施設の代表者とメール交換していて、1年に1回だけ、1万円を支援しています。
 ボンベイから北へ列車で、2日半位旅したことも有ります。
 まさに、やしの木林から、田園へ、岩山へ・・・と移り行く景色に、インドの広さを
実感しました。
 ジャイプールで降りたのですが、3日程で
カルカッタへ帰る予定が大幅に変更してしまいました。
 ジャイプールで、宝石商のグループに出会い
彼らの見事なほどの詐欺まがい商法を見せられ「こうやって騙すのか!!」と関心させられ、
ついつい長居してしまいました。
 本当に彼らの詐欺まがい商法は見ていて
飽きない物でした。
 彼らの1人と、友達になり、パキスタンとの
国境から5キロ程の砂漠の街へ案内されました。そこは、1ヶ月前に国境戦争があったばかりで、街の所々に傷跡が残っていました。
 この街で「広島から来た」と自己紹介すると、「あんな壊れた街からどうやって来たのか??」と驚かれました。
 広島の原爆のことは、どこへ行っても知っていて、いまだに壊れていると考えている人も
多いのだと知りました。
 国境紛争が多い地域だからよけいそうなのかもしれません。
 そこにある孤児院も訪問しましたが、遠くは
アフガンからも難民として逃げてきて子供たちが居て驚きました。
 ほんとに貴重な体験でした。
これからも、世界旅行記楽しみにしています。

ZUNさん、
改めてはじめまして。
いろんな貴重な体験をされているようですね。
これからもよろしくお願いします。

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