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2006年10月の8件の記事

2006年10月26日 (木)

アジア編73 遥かなるガンガー 2006/10/23-25

0km/18890km バラーナス
バラーナスと言えばヒンドゥー教最大の聖地。ここを流れるガンガー(ガンジス河)はヒンドゥー教徒にとっては最高の死に場所なのだそうだ。彼らは死後ここで燃やされて遺灰を河に流されればその人は輪廻転生できるのだと言う。5キロ程の河辺には大小84もの沐浴場(ガート)がある。

ガンガーを見下ろす部屋。朝4時、辺りはまだ真っ暗。静まり返った窓の外から誰かの歌う声が聞こえる。年老いた男性が静かに歌う鎮魂歌(だと思う)がこだまする。そっとベランダに出てみる。小さな街灯の下で沐浴をする老人。他に誰もいない。彼は河の流れに向かって一心に祈りを捧げる。静かに時が流れる。

010p1470229 020p1470237 030p1470249 しばらくすると空がかすかに色着き始めた。少しずつ人が集まってきた。毎朝の日課であろう沐浴を粛々と行いまた帰っていく。

040p1470280 050p1470325 やがて河向こうの正面から赤い太陽が姿を現した。なんて神々しいのだろう。人々はその陽を全身に浴びながら祈る。

060p1470357 070p1470363 080p1470373 090p1470380 100p1470384 川辺まで降りて行く頃にはものすごい人になっていた。若者、老人、子供、男性、女性。カースト(身分)さえも超えてみんなが一堂に集まる。こうしてガンガーの一日は始まる。

2箇所ある火葬場の一つに行ってみた。ここにはインド中から亡くなった方の遺体が運ばれてくるそうだ。布に包まったその遺体はガンガーに浸された後河辺に積み上げられた薪と共に焼かれる。すごい炎に包まれ煙や臭いが立ち込める。3時間もすると全て焼かれて灰だけが残る。そして死者の灰はガンガーに流される。この営みが3000年以上続いているのだ。

200img_0010 河の流れを見ていると時折いろいろな物が流れてくる。泳ぐ魚、供養の花、動物の死骸、そして人間までも。焼け残ったり元々火葬しないで流す場合もあるのだという。それに溺れる人も。

300img_1173 300p1470310 320p1470320 日が暮れる頃ガートではプージャーと呼ばれる礼拝が行われる。楽器の演奏に合わせて僧が踊りながら祈る。会場全体が祈りの歌声に包まれる。

330p1470324 そして人々は花で飾ったロウソクをガンガーに浮かべて祈る。無数の小さな灯が放たれる。ゆったりしたガンガーの流れに乗せて。
こうしてガンガーの一日は終わる。

バラーナスに来てからやってみたくなったこと。それはこのガンガーに自らも身を浸すことだ。火葬場も見たしいろいろな物が流れて来るのも見た。それでも一度この身を浸してみたくなった。
翌日ガートに立つ。回りの人に混じって静かに片足を入れてみる。ヒヤッとしてゾクゾクッとした。そのまま腰まで浸かる。正面に上っていく太陽。身体に入り込んでくる緊張感。やがてそれは解き放たれ全身の力が抜けていく。

400img_0135 両手を広げて太陽に向かった。何とも言えない満ち足りた気持ちになった。

ここに来る前は河は見たくないと思っていた。ましてや自分がそこに浸るなんて夢にも思わなかった。
しかしこうしてこの河で起きている営みを見ていると不思議とそういう感覚が消えていく。
死という現実。沐浴する人々。町中では人間の他たくさんの牛、馬、羊、猿、鳥、犬などが渾然一体に暮らしている。そのあからさまな生と死全てをガンガーは静かに受け入れている。何という大きな存在だろう。この河を見ているといつか来る死というものへの不安や恐怖からさえも開放される気がする。

2006年10月25日 (水)

アジア編72 ついにインドへ 2006/10/22

310km/18890km ルンビニ-スノウリ-バラーナス(9カ国目 インド)
今日はまたバスに乗ってインドとの国境の町スノウリに向かいました。

Img_1101 その途中バスの中で日本人の二人連れと一緒になりました。海外青年協力隊でネパールに派遣されているお二人です。こちらの小学校で生徒や先生に算数を教えているそうです。自分も昔やってみたいと思ったことがあって応募要項を調べたりしましたが結局仕事を辞める決心が着かなくて断念したことがあります。今までテレビで見たり帰国後の方に会ったりすることはありましたがこうして着任中の方に会うのは初めてだったのでうれしくなって写真を撮らせてもらいました。お二方これからも身体に気をつけて活躍して下さい。

Asia_28 Img_1104 Photo_9 さて国境の町に着いてさっそく出入国です。あらかじめインドのビザを取ってあるのでとてもスムーズでした。こうしてあっという間にインドに入国完了です。しかし実はこの後またネパールに戻ってきたのです。この町のインド側は宿が不十分な為入国後もネパールでの宿泊が許されているのです。ちょっと不思議な気持ちです。
そして翌朝バス乗り場に行きました。この区間にはツーリストバスと公営バスがあるのですが今日はインドの祭りでツーリストバスが出るかどうかわからないので乗り場に停まっていた公営バスで行くことにしたんです。これがまた悲劇の始まりでした。かなりオンボロで前後も左右も狭いバスだけど人が少ないのでまあまあ何とかなってました。途中まで快調に飛ばしていたのですが何と急に故障してしまってノロノロ運転になったんです。仕方がないので後から来た別のバスに乗り換えました。

Img_1122 途中でもう一度乗り換えたり、どこかの町で何か事件があってしばらく足止めをくらったりして結局バナーラスに着いたのは20時でした。もうげんなりです。それでも今まで歴代のワーストワンは未だにこちらです。

http://discoveryearth.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/49_2006072627_833a.html

Img_1132 これからバラーナスを手始めにインドをじっくりと周りたいと思います。これまでガイドブックや実際に旅行した人の話を聞くとインドはかなりひどい所のようです。騙されたり盗まれたりがしょっちゅうあるので気が休まる暇がなくて疲れてしまうというのです。それでもインドのことを大好きになってハマってしまう人もたくさんいるのも事実です。よっしゃーこの目と身体でしかと体験してみるよー。今後の参考になれば幸いです。

2006年10月23日 (月)

アジア編71 ブッダ生誕の地 2006/10/19-10/21

260km/18580km カトマンドゥ-ルンビニ
010asia 今日はまたバスに乗ってルンビニにやって来ました。
ここはゴータマ・シッダールタ(後のブッダ)生誕の地とされています。世界遺産にも指定されて現在整備が進められています。あの丹下健三氏のプランに基づいているんだそうです。その中では日本、中国、ネパールなど仏教を信仰するいろんな国のお寺が建造されつつあります。そのひとつがこの韓国寺です。宿坊としても開放されていると言うので泊まってみることにしました。

020img_1074 今日は朝からろくな物を食べてなかったので腹ペコでした。18時からの夕食はご飯、キムチ、野菜の煮物、わかめスープなどの菜食で大変おいしかったです。
夜は酒も飲めないしやることがあまりないのでバス旅の疲れもあって早く寝ることにしました。すると夜中に”ワォ~ン”という遠吠えや”アウッアウッ”という鳴き声で何度か目が覚めました。翌日訪ねてみると昨日の鳴き声の主はどうやらジャッカルだったようです。この近くには動物保護区があっていろいろな動物が棲んでいるらしいのです。

翌日は自転車を借りてこの地区内を周ることにしました。全体はかなり広くて歩いて周るのはちょっと大変そうです。聖園地区と呼ばれる所には2000年程前の古代の聖堂が保存されていてそこから発掘されたブッダ誕生の場面の石像が展示されています。

030p1470182 母やその妹(後に養母となる)に囲まれて立っているブッダの姿があってああ、ブッダも人間の姿をしていたんだと言う思いが湧いてきます。

050p1470188 その隣りにはブッダの産湯を採ったとされる池がありその前の大きな菩提樹を映していました。

040p1470183 そしてその横にはBC249年にこの地を訪れたアショカ王を記念した石柱があります。

060p1470190 070img_1082 少し離れた所には平和の火と呼ばれるともし火がありました。そこから真北に向かって運河が通りその両側に各国のお寺が点在してます。

今日はその中から080p1470174 韓国寺(建造中)、

090p1470176 中国寺、

100p1470195 ドイツ寺、

110p1470205 フランス寺(建造中)、

120p1470211 そして最後に日本寺に行きました。それぞれのお寺は同じ仏教のお寺でも外観や仏像などがかなり違っていてとても興味深いです。ここはまるでお寺の"It's a small world"のようです。
日本寺妙法寺で御住職とお話をするうちに明日朝のお勤めに一緒に行かせていただくことになりました。

130img_1090 翌日は5時に起きて途中から一行に参列させていただきました。住職とそこで世話になっているネパールの子供達数人と一緒に太鼓を鳴らして「南無妙法蓮華経」と唱えながら約5時間たくさんの部落を回りました。

140img_1092 各部落ではヒンドゥー教徒であろう人々の子供達が通りに並んで我々を出迎えてくれました。そして太鼓を叩きながら”ナムミョウホウレンゲイキョウ”と言うのです。そういう子供達があちこちですごい数集まっているのです。ゼロから始めてここまでになった御住職達の努力(という言葉で表現してよいのかわかりません。)は素晴らしいと思いました。よい経験をさせていただきました。ありがとうございます。

2006年10月17日 (火)

アジア編70 カトマンドゥあれこれ2 2006/10/13-10/15

0km/18320km カトマンドゥ-パタン-カトマンドゥ
002img_0267 004img_0270 010p1470131 チベット仏教のお寺(ゴンパ)を訪ねるとお坊さんが案内してくれました。ここは日本の広島にある本願寺の援助によって学校が運営されているそうです。ちょうど昼休みで子供たちは元気に遊んでいました。チベットには孤児がたくさんいてまだまだ施設が追いつかないのだそうです。それでも援助は大変ありがたいことだと言っていました。

015p1470169 020p1470141 030p1470148 カトマンドゥから少し南に行った所にあるパタンと言う古い町に行きました。この町にはたくさんのお寺や工芸品の小さな工場などが並んでいます。

040p1470154 町の中に水が流れ出ている所がありました。カトマンドゥにもありましたがあちらはもう誰も使っていない感じでしたがこちらではまだまだたくさんの人が水浴びや洗濯をしていました。大切にずっと使っていってもらいたいです。

100img_1038 夜宿の近くのお堂ではその周りにろうそくを灯してお祈りする人の姿が見られました。

2006年10月13日 (金)

アジア編69 初めての歯医者 2006/10/12

200km/18320km ポカラ-カトマンドゥ
さてインドビザの関係でポカラからまたカトマンドゥに戻ってきました。

1週間位前に食事中に奥歯に被せてあった被せ物が取れてしまいました。その時すぐに被せてもらおうと思い歯医者を探したんです。
宿のあるタメル地区の近くに歯医者がたくさん集まっている場所があると聞いて行ってみました。
確かに通りの両側に歯医者がたくさん並んでいます。それを1軒1軒見て歩きました。
010img_1018 まず看板を見て引いてしまいました。そりゃあ歯医者だと言うのはよくわかるのですが、、、

020img_1012 040img_1014 060img_1015 そしてどの歯医者らしき店も古びた店構えで受付のジーパン姿の男の人がそのまま治療もしそうです。カーテンの向こうには治療台が見えるのですがどう見ても自分が小さい頃すごい音を立てて虫歯をガーガー削られたあの治療台みたいなんです。おまけにどの店も誰も患者がいません。
そしてその時はちょうどダサインと言うお祭りの最中でちょっとよさそうな店は皆閉まっていました。
これは出直したほうがよさそうだと思いしばらく様子をみることにしました。

100img_0190 そして今日カトマンドゥでもう一度よさそうな歯医者はないかと探していると日本の歯医者を思わせるような地味な門構えの歯医者を発見しました。
意を決してそこに入って行くと待合室には何人かが待っています。受付の人に事情を説明するとしばらくして中に通されました。
そこには最近の日本の歯医者さんで見るような治療台がありました。また女医さんが丁寧に説明をしてくれたのでほっと安心して治療してもらうことができました。
200img_0171 セメントで再び固めてものの15分程で終了しました。
あの時焦ってあの中の店で治療してもらわなくてよかったと胸をなでおろしたのでした。

2006年10月11日 (水)

アジア編68 カトマンドゥからポカラへ 2006/10/05-10/09

200km/18120km カトマンドゥ-ポカラ
Asia_27 Img_0905 Img_0916 今日は久しぶりの移動日です。居心地がよいカトマンドゥを渋滞に巻き込まれないように朝早く出発してバスでネパール中部の町ポカラに向かいました。
途中で休憩の為小さな食堂に寄りました。30分位してバスが走り出して少しすると乗客の一人の白人女性が多分ドイツ語で何か叫びだしたのです。すると同じグループの人が車内にたくさんいたらしく車内は騒然とした雰囲気に包まれました。どうやら置き引きに貴重品をごっそりと盗られてしまったらしいのです。彼女はショックのあまり泣きじゃくっています。やがてバスは食堂まで引き返しました。しかし手がかりになるような物は見つかりませんでした。盗難現場を目の当たりにしたのは初めてでした。自分も今まで以上に用心しなければいけないと思いました。
Img_0944 15時頃ポカラのフェワ湖畔に着きました。この辺りにはたくさんのホテルやゲストハウスがあるのですがどこに泊まるかはもう決めてありました。先日ダッカの空港でたまたま知り合いになったネパール人のバラルさん親子(奥さんは日本人で今回は日本で留守番)の従兄弟がゲストハウスをやっていると言うのでそこにお世話になることにしました。部屋は広くて明るく清潔で快適です。ここにしばらく滞在してポカラの自然に親しみたいと思います。
Img_0920 Img_0921 夕食にはチベット料理の店でギャコックと言うチベット鍋を食べました。豆、野菜、豆腐、肉、すり身だんご、春雨などいろいろ入って栄養満天です。それにいいだしが出ておいしかったです。またチベットでよく飲まれていると言う穀物酒アラックを飲みました。これはトゥンバと言う金属製の特別な容器に何かの穀物とお湯が入っています。その容器に金属製のストローをさしてその温かい液体を吸うのです。アルコールの強さはビール位で温かくなかなかイケル味でした。なくなったらお湯を足して3回楽しめました。

次の朝宿のフロントを通ると何とバラルさんが出迎えてくれました。彼の実家はここから小1時間の場所にあるそうですが今朝連絡をもらってかけつけてくれたんだそうです。2歳の息子さんは初めてのネパールであまりにも環境が違うので下痢したりして大変だったそうです。そして今日はその彼の実家に招待してくれることになりました。ネパールの家庭におじゃまするのは初めてなのでとても楽しみにして行きました。
Img_0932 Img_0937 Mvi_0938 Img_0939_4 彼は5人兄弟の一番下でここには両親と3人の兄さん、それぞれの奥さん、そして子供たちが一緒に住んでいてそれはもうにぎやかです。家の中には水牛やヤギ、鶏や犬もいてみんな元気一杯です。ここで農作物や牛乳などで自給自足に近い生活をしています。
こちらでお母さん手作りの昼食をごちそうになりました。ダルバートと呼ばれる豆のスープ、ご飯、野菜カレー、パパイヤの漬物がセットになったものです。それにお父さんは水牛の乳で作ったヨーグルトのような飲み物を出してくれました。素朴な味わいで健康的でおいしい料理をごちそうさまでした。
みなさんの温かいもてなしと大家族での笑いが絶えない暮らしを見てとても心が和やかになりました。本当にありがとうございました。
この日の夜はものすごい大雨が降って道路はあちこちで水没していました。ここに滞在中に是非アンナプルナの山々がきれいに見えるといいなぁ。

5日間滞在しましたが結局残念なことにアンナプルナの山々を見ることはできませんでした。

2006年10月 6日 (金)

アジア編67 カトマンドゥあれこれ 2006/09/30-10/04

0km/17920km カトマンドゥ-パシュパティナート-ボダナート-スワヤンブナート-ダルバール広場-カトマンドゥ
カトマンドゥ界隈にはヒンドゥー教やチベット仏教の寺院がたくさんあります。それらは今まで訪れた国々にあった仏教の寺院とはまたかなり異なった趣です。その中のいくつかを訪れました。

まずはネパールにあるヒンドゥー教最大の寺院パシュパティナートです。ここにはいくつかの寺院の他沐浴場、火葬場などがあります。

014p1470060 010p1470038 沐浴場では親族と思しき方が多分お清めのために亡くなったばかりの方の遺体の足を聖なる川に浸していました。そして火葬場には火葬台が並んでいて亡くなった方が荼毘に付されていました。そしてその遺灰は聖なる川に流されるのだそうです。ヒンドゥー教では輪廻転生を信じてお墓は作らないそうです。宗教によって人間の死生観は違うものなんですね。

020p1470064 022p1470074 そして次がネパール最大のストゥーパ(仏塔)があるボダナートです。このストゥーパは直径100メートル以上あり常に多くのチベット仏教徒が巡礼に訪れています。その塔の最上部にある目が描かれた塔を眺めていると何か見守ってくれていると言う安心感のような物が湧いてきて穏やかな気持ちになります。

030p1470082 032p1470085 034p1470089 それから向かったのがカトマンドゥーの高台にあるスワヤンブナートと言う寺院です。こちらにも規模は小さいがボダナートと同じくストゥーパ(仏塔)があります。また高台にあるのでカトマンドゥーの市内が一望できます。

036p1470105 また寺院にはこの日も親子連れなどがお参りに来ていました。

さてネパールは現在ダサインと言う年間最大のお祭りの最中です。このお祭りは10日間続くヒンドゥー教のお祭りだそうで今では他宗教の人々にも広がって日本の正月みたいに盛り上がるそうです。

038img_0864 040mvi_0871 041p1470125_1 街のあちこちで路上にお供えをしたり人々がおでこに赤や黄色で色付けをして幸運を祈ったりしています。また長老達が楽器を鳴らしながら歩いて行きました。そして市街の中心部を横切る狭い道で小さなパレードも行われていました。
ほとんどの店が閉まってしまうので観光客にとっては食事の場所を探すのにちょっと苦労します。

そしてカトマンドゥの中心部にあるダルバール広場に行きました。

042p1470110 044p1470113 046p1470117 ここにはカトマンドゥの他の場所と一緒に世界遺産に指定されている宮廷がありその周辺にたくさんの寺院やお堂などの歴史的建造物がありました。

2006年10月 1日 (日)

アジア編66 エベレスト・トレッキング記2 2006/09/24-29

18+42+140km/ 17920km ディンボチェ-ペリチェ-ロブチェ-カラ・パタール―ゴラクシェプ-テンボチェ-ルクラ-カトマンドゥ

1himalaya2

24日 ディンボチェ(4350m)-ペリチェ(4240m)
夜中にも何回か目が覚めたのですが朝起きたら頭痛がますますひどくなっていました。そこでペリチェにある診療所に行くことにしました。2時間程で着いてさっそく診療所に行くと先日1泊目の宿で偶然一緒だったこの診療所にボランティアで赴任する予定だったアメリカ人のアンがちょうどそこにいました。彼女は昨日ここに着いてたった今診療所に来たところだそうです。軽く診察してもらって軽度の高山病だと言うことで薬を処方してもらいました。
さっそく飲んで様子を見ていると夕方には頭痛はほぼ解消しました。
夕食後アンが宿に遊びに来てみんなでトランプをするまでに回復しました。

25日 ペリチェ(4240m)-ロブチェ(4930m)
薬がよく効いてぐっすりと眠ることができました。

250img_0725 朝カーテンを開けると何と一面の雪景色。体調はよいのでさてどうしたものかと考えました。同じ宿に泊まっていたフランス人グループは雪の中出発しました。いつまで待っていれば天気が回復するかもわからないので自分も出発することにしました。
自分は防寒着を持っていなかったのでこの宿で借りることにしました。また自分はそんなに重たい荷物ではなかったのですがここからはその荷物でも負担が大きいと思いポーターさんに同行してもらうことにしました。アンにあいさつしてさぁ出発です。
251img_0742 雪道を行くのは不安もありましたがポーターさんが案内をしてくれたので助かりました。

252p1460612 そしてロブチェに着く頃になって段々天気が回復して晴れ間が見えてきました。これほどうれしいことはありませんでした。しかし山の天気はとても変わりやすいのでこからも注意して行かなくてはなりません。

253img_0769 夜、てるてる坊主を作って明日の天気を祈りました。
ここまで来たらついに部屋に電気はなく夜はろうそくの明かりだけとなりました。
夜中に目が痛くて目が覚めました。まるで針をさしたように両目が痛くて涙が止まらなくなってしまいました。鏡で見ると真っ赤です。多分雪眼(せつがん)だと思います。ポットの紅茶で洗っても目薬をさしても効果がありませんでした。結局朝まで痛いままで疲れているのにほとんど眠れませんでした。

26日 ロブチェ(4930m)-カラ・パタール(5550m)―ゴラクシェプ(5140m)
朝になって窓の外を見ると真っ青に晴れ渡っています。大声を上げて喜びました。右目はかなり痛みが引いたのですが左目はまだほとんど開けられない位痛みます。それでもせっかくの天気を逃したくなかったので出発することにしました。

260img_0774 何人かの人と一緒に雪道を普通の革靴で必死に歩き続けました。

262p1460764 途中で馬も立ち往生していました。

ゴラクシェプで昼食兼休憩をしていよいよ最終目的地であるカラ・パタールに向かいました。雪がなければ1時間程で行けるらしいのですが雪の急斜面は滑りやすくとても危険だし目も痛いのでゆっくりゆっくりと進みました。

264p1460823 2時間位かかってやっとついにカラ・パタールに到着しました。そこには一人だけ先客がいて静かに風景に見入っていました。

268p1460845 270p1460849 そこから周りをぐるっと見渡すとそれはもう言葉が出ない程の美しい世界が広がっていました。真っ青な空、たくさんの白い山々、緑色の湖、そして真正面のたった10キロ先にどっしりと構えるエベレスト。しばし呆然と見つめていました。

266p1460830 全く音のない世界。時々遠くでざざーっと言う音。よく見ると太陽に照らされた雪が雪崩を起こして落ちていきます。何というダイナミックな風景だろう。
涙腺が緩い自分は感動のあまり涙が止まらなくなると思っていたのですが意外に冷静でした。多分肉体が限界ぎりぎりである為だと思います。

272p1460851 274img_1178 それでも小さな日の丸を作って記念撮影をしました。
5550m、おそらく一生のうちでもう2度と経験しないであろう高さ。様々な困難を乗り越えてここまでやって来たことは自分を一歩成長させたようにさえ思えました。今回の経験はこれからの半生において何かしらの役に立つような気がします。

27日 ゴラクシェプ(5140m)-テンボチェ(3867m)
276img_0796 278img_0810 280p1460912 今日も朝から快晴です。これまで4日間かけて登ってきた道を一日で一気に下りました。行く時には天気が悪くてよく見られなかった景色も充分に堪能することができました。

282p1460888 また今回のトレッキング中に抜きつ抜かれつ何回もお会いした一人旅の女性の方にもすれ違いました。その後無事に戻って来られたでしょうか。

286p1460985 284img_0826 一昨日から一緒にいるポーターさんがどこかでラジオを入手しました。それが壊れかけなのか電池がないのか電波がうまく入らないのかわからないのですが歩きながらいじっているとたまに音を出すんです。すると彼はものすごくうれしそうな顔をするのです。現在21才の彼は3年前に結婚してもう子供もいるそうです。そんな彼を見ているとシェルパ族の厳しい生活をもろともせずに一生懸命生きている姿が見て取れます。便利な生活が当たり前だと思って暮らしてきた自分には物のありがたさや厳しい自然と共存して生きていくことのすばらしさを教えてもらったような気がします。ラリット君ありがとう。

28日 テンボチェ(3867m)-ルクラ(2800m)
今日も目を見張る快晴です。今日はまたまた4日分を一気に駆け下りて出発点に戻りました。とはいえアップダウンの激しいコースを24キロも歩くのですからそれはもう並大抵ではありませんでした。通常は2日かけて下るそうです。しかも途中でポーターさんともお別れしてまた荷物を自分で持つことにしました。
午前、午後それぞれ2日分ずつ歩いたのですがまだまだ上りも多くきつかったです。初日にすべって転んで足を怪我したり、がまんできなくなって山の中で用を足したりした場所を通り過ぎるとまるで過去に戻って行くような気持ちになりました。あの辛かったつい数日前にです。
懸命に歩いたのですが結局飛行場のあるルクラに付いたのは18時でもうほぼ真っ暗でした。

288img_0839 途中で遠くの山が夕陽にほんのり赤く照らされているのが旅の最後らしくとても美しかったです。
体は膝は痛いしつま先は痛いしでもうぼろぼろでしたが心には言い得がたい満足感と安堵の気持ちがありました。
宿では途中からずっと一緒だったイスラエル人のハネムーンカップルと無事終了したことをお祝いしました。彼らは毎日簡単そうに続けていましたが実は彼らなりに大変だったそうです。とにかく無事でよかった。
明日朝一番の飛行機でカトマンドゥに帰ります。

29日 ルクラ(2800m)-カトマンドゥ(1400m)
290p1470005 朝6時頃空港に行くとすでにたくさんのシェルパの人達が空港出口にいました。これから到着するトレッカーにガイドやポーターを雇うように客引きをするためです。多分シェルパ族の現金収入のほとんどはロッジ、ガイド、ポーター、飲食品などトレッカーからのものなのです。
ヒマラヤの大自然に触れられたこともよかったですが自分にとってはこの世界最高地で暮らすシェルパ族に出会えたことが今回の大きな収穫となりました。
機会があったらまたいつか訪れてみたいと思います。とにかく今は早くカトマンドゥに戻って休みたいです。
ありがとう、ヒマラヤ。ありがとう、シェルパの人達。

292p1470028

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