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2006年9月の7件の記事

2006年9月30日 (土)

アジア編65 エベレスト・トレッキング記1 2006/09/19-23

140+24km/ 17720km カトマンドゥ-ルクラ-チュモア-ナムチェ-テンボチェ-ディンボチェ
皆さんのおかげで無事に帰って来ることができました。その様子を2回に分けて紹介させていただきます。少し長いですがよろしくお付き合いください。

19日 カトマンドゥ(高度1400m)―ルクラ(2800m)―チュモア(2950m)
1img_0541 トレッキングに必要な物を揃えました。レンタルした寝袋、ウィンドブレーカー、非常食のチョコレートなどです。

1img_0543 2img_0545 3img_0546 朝早い飛行機でカトマンドゥからルクラを目指しました。15人乗りのプロペラ機で30分ほどの飛行でしたが途中雪を被ったヒマラヤが見えてとても美しかったです。さてルクラの飛行場が近づくと飛行機は山の斜面にどんどん向かって行きます。うわーっぶつかる!と思った瞬間に滑走路に降り立ちました。乗客から思わず拍手が沸き起こりました。
4p1460529 5img_0553 外に出てみるとカトマンドゥよりも更に涼しい感じです。

6p1460535 ここから先はシェルパの世界です。シェルパと言うとエベレスト登山隊に同行するポーターさんかと思ったのですがそうではなくて山岳民族シェルパ族のことだそうです。この地域は正にそのシェルパ族の居住区域なのです。
さてまずはチャーと言うミルクティーと持って来たパンで朝食をとりました。
いろんな人がトレッキングしていますがガイドやポーターを雇っている人達もかなりいます。自分はとりあえず無しでやってみてきついようなら途中で頼むことにしました。
7img_0590 ではいよいよトレッキング開始です。と言ってもそんなに険しい道ではないのでハイキングに毛が生えたようなものです。おじいちゃんおばあちゃんもガイドに付き添ってもらって歩いています。高度にさえ順応できればゴールまでたどり着けると思います。
我々トレッカーと同じ道をシェルパ族の子供達が通学したりポーターが荷物を運んだりと正しく生活するための道です。通り過ぎる人達はみんな気軽にあいさつしてくれます。途中山あり谷あり村ありと変化に富んだ景色で歩いていてあきません。また村によって言葉が違うようで”こんにちは”を何と言うか聞きながら歩いて行くのもおもしろかったです。
10キロの道を5時間かけて今日の宿泊地チュモアに着きました。宿の個室にはベッドと布団があり快適です。温水シャワーは別料金でしたが疲れた体をリフレッシュするには最高でした。食べ物は野菜中心のメニューですがやはりかなり高めでカトマンドゥの2倍以上します。そしてビールは500円と高いし高山病にならないように控えめにしなければなりません。おまけに早寝早起きです。だから毎日こういう生活をしていると健康になって行く気がします。

20―21日 チュモア(2950m)―ナムチェ(3440m)
今日は朝からひたすら登って行きます。ここで焦ると高度に順応できなくて高山病になってしまうそうなので慎重にいきます。
8img_0603 ゆっくりと歩いて4時間程でナムチェに着きました。ここはこの地域のシェルパ族最大の町だけあってかなり大きいです。ロッジや商店もたくさんあって本格的な観光シーズンの10月中旬になるとすごい人で賑わうそうです。今はまだ人も少なく静かです。高度順応の為にここに2泊します。
翌日起きると軽い頭痛がしましたがしばらくしたらほとんど感じなくなりました。
ネパールにはチャンと言う地酒があります。穀物で作ったどぶろくで少し酸味があって日本のどぶろくそっくりです。なかなかいけます。

22日 ナムチェ(3440m)―テンボチェ(3867m)
9img_0629 朝からどんより曇って霧雨が降っています。今日はついに富士山の高さを超える自分にとって未体験の高度に突入します。最初の3時間程は平坦な道で紅葉や高山植物を見ながらのんびり歩きました。そして午後からいよいよ上りです。勾配はそんなにきつくないのですが何しろ高地なのでとにかくゆっくりゆっくり歩きました。

10img_0691 3時間程でやっとテンボチェに到着しました。今のところ頭痛はあまりしません。

23日 テンボチェ(3867m)―ディンボチェ(4350m)

11img_0665 12img_0717 今日は朝からしとしとと雨が降っています。移動は大した距離ではないのですが道がぬかるんでいたりして結構大変でした。おまけに4000mを超えた辺りから頭痛がひどくなって来ました。ディンボチェに着いた頃かなりひどくなりましたがにんにくスープを飲んで休んだらずっとよくなりました。高度順応のためここにもう1日泊まります。

ここまでは雨に降られながらも何とか辿り着くことができました。しかしこの先もっともっと大きな試練が待ち受けていました。この続きは次回に報告させていただきます。

2006年9月18日 (月)

アジア編64 神の山々の国 2006/09/16-17

680km/ 17556km ダッカ-カトマンドゥ(8カ国目 ネパール)
Mvi_0473 ダッカには乗り継ぎの為に1泊しただけでした。

Mvi_0494 Photo_8 Asia_26 そしてそこからまた飛行機に乗り昼頃ネパールの首都カトマンドゥのトリブヴァン空港に到着しました。
ここは1400mの高地にあるためか暑かったダッカとは違いタラップを降りた途端に涼しい風が吹き抜けました。空港の敷地内にはススキの穂がたれ久しぶりに秋の装いです。

Img_0510 カトマンドゥにはゲストハウスや土産物屋などの旅行者のための店が集まったタメル地区と言う場所があります。バンコクにも有名なカオサン通りがありますが最近はその規模でカオサン通りを抜いてアジア一になったと言う話もあります。街を歩いてみると確かに大きくて人もたくさんいます。それにうれしいのは物価がカオサンに比べてかなり安いことです。ネットカフェは半額以下、それに食堂の食べ物もざっと半額位です。しかも食べ物のおいしさにはびっくりしました。

Img_0498 ネパール版餃子のモモは150円でこのボリュームです。カレーソースをつけるとまたおいしいです。

ここカトマンドゥに来て知ったことがあります。タイ北部で山岳民族の村を周る小旅行をトレッキングと呼びますがその語源となったのがこのヒマラヤのトレッキングだったんです。もともとはオランダ語で旅をするTrekから来たそうです。今日旅行店でいろいろ話しを聞くうちにこの”本物”のトレッキングをしてみたくなってきました。ここには正しく世界一のエヴェレストがあります。遠くからでもその姿は見られるそうですが、富士山を近くで見ると迫力が全然違うようにやはり近くで見るエヴェレストは違うらしいんです。でもその為にはカトマンドゥから飛行機である程度の近くまで行きそこから往復10日以上かけてトレッキングをしないといけないそうなんです。今までそんなに何日間も歩き続けたことがないししかも富士山よりも高い所まで行くには高山病も心配です。さて行くべきかどうかここは思案のしどころです。
丸一日考えてついに行く決心をしました。
19日朝7:45の飛行機でルクラと言う町に行きます。そしてそこから10日以上の旅に出ます。最終目標地点はエヴェレストベースキャンプです。初めての体験なのでどきどき緊張ですが行って参ります。すみませんがその間しばらくはブログの更新ができないと思います。みなさんも無事を祈っていてくださいね。

2006年9月17日 (日)

アジア編63 御見逸れしました、ビーマン 2006/09/15

1530km/ 16876km バンコク-ダッカ(7カ国目 バングラディシュ)
思い起こせば1ヶ月半前安い航空券が見つかったと大喜びしました。その時から悪夢は始まっていたのです、、、

今回バンコクから飛行機で向かった先はバングラディシュの首都ダッカです。
本来はここが目的地ではないのですが一番安い航空券を探したらここを経由する便でした。しかもここで1泊します。そのホテル代と2食の食事代が込みでもまだ一番安かったのです。乗り継ぎの場合1泊ならビザは不要だそうです。利用したのはビーマン・バングラディシュ航空です。
他よりも大分安かったのでちょっと不安でしたが空港に着いたらさっそく不安的中です。日本からの飛行機は約4時間遅れの20:30発になっていました。たっぷり半日空港で過ごすことになりました。さてやっとチェックインの時間になってカウンターに行くとさらに遅れは大きくなって22:30発です。これはもう笑っちゃうしかないですね。食券をもらって空港で夕食です。
Img_0453 待ち遠しくて1時間前から搭乗ゲートに行って待っていました。しかし22時になってもまだ飛行機が来ないんです。バスで飛行機まで行くにしては例の飛行機に乗り降りする為のじゃばらのような物があるし。それにクルーが言ってるのが聞こえたんです。”Not yet.” これはもういつになるかわからないと半ばあきらめ顔でいた時です。やっと飛行機が到着しました。
そしてやっと乗った飛行機はエアバスA310でぱっと見た目は普通でした。

Img_0457 しかしよく見ると肘掛のカバーはないわ、エコノミーとビジネスの間の仕切りはなくて丸見えだわ、リクライニングは壊れているわ、あちこちのランプは点かないわで離陸前からまた不安が大きくなりました。おまけに離陸すると天井の方から何か白い煙が噴出しているんです。機内食を食べている時も気が気ではありませんでした。おまけにイスラム教の国なのでお酒も全く飲めません。

Asia_25 Photo_7 それでもその不安はいい方に裏切られ現地時間の0時過ぎにはダッカのジア空港に到着しました。白い煙の正体は冷房によって冷やされた空気だとわかりました。
飛行機から降りて乗り換えカウンターに行くとそこには何人かの人が無秩序にカウンターの中の人と話しています。自分も大声で何度か声をかけてやっと受け付けてもらえました。他の乗り換えの客と一緒に入国手続きをしてからホテルに向かうことになりました。そして入国カウンターに行くと係官達が集まって何やらもめています。そっと近づいて行くと係官が”コンピュータの故障です。しばらく座って待っていて下さい。”と慣れた感じで言いました。やれやれ、でももう待つしかありません。

15分位待ったでしょうか。(実際にはもっとずっと長く感じましたが。)突然入国手続きが始まって入国できました。
1時過ぎにやっとホテルの送迎バスに乗ることができました。そこにはBay Atiantic Hotelと書いてありました。なかなかいい名前だなぁ。海辺のリゾートホテルを想像しました。きっと長く遅れたお詫びにいいホテルに泊めさせてくれるんだ。と大きな期待に胸をふくらませていた自分の目にボロボロの建物が写りました。周りは商店の1軒もありません。恐る恐る看板を見ると"Welcom to Bay Atiantic Hotel"と書いてありました。もう全身の力が抜けていくのがわかりました。それからいつ掃除したかわからない汚い部屋に通され茶色く染まったシーツと臭いのする毛布を目にしました。何もここまで徹底してなくてもいいのにと少し悲しくなりましたが、ま、これも旅の1コマです。明日に備えて寝ることにします。もちろん今日は完全休肝日です。

Img_0463 さて空港の乗り換えカウンターで会ってホテルも一緒だった小林さん、元気ですか?初めてのインド一人旅の為カルカッタに向かうと言ってましたがその後どうでしょうか?旅の無事と成功を願ってます。

また同じく一緒だったネパール人のラムハリさんと

Img_0486 ポカラに帰るバラルさん親子も無事に帰りついたでしょうか?

2006年9月14日 (木)

アジア編62 最後はバンコク 2006/09/12-9/14

170km/ 15346km パタヤ-バンコク
Mvi_0419 パタヤの最後にパタヤタワーに行きました。ここのウリは170mのタワーの上から宙ぶらりんの状態で一気に降りるタワージャンプです。自分は乗らなかったんですけど台湾からの女性グループが大声あげながら次々と降りてくる姿は見ているだけでも圧巻でした。

Asia_24 パタヤからバンコクに今度はバスで戻ってきました。今回は3時間弱と短かったしバスも大型のリクライニングで快適でした。

Img_0438 バンコク市内にあるIT関連の製品を売る店が集まったビルに行きました。多分ここはタイで最大だと思います。それはもう巨大なビルでそこの1階から6階まであらゆる店がひしめき合っていました。まるで秋葉原の街がすっぽりと入ってしまったようです。何時間も見て回ってしまいました。あちこちで店員が”エロビデオ!”と言っていたのがおもしろかった。日本人がたくさん買いに来るんでしょうねぇ。

Img_0405 Img_0407 Img_0410 富士と言う日本食のチェーン店に行きました。毎日の食事に比べると高級ですがそれでも久しぶりでおいしいかったのでハマってしまいました。ラーメン(270円)、秋刀魚塩焼き定食(300円)、そして寄せ鍋(630円)とどれも満足でした。

タイは他の東南アジア諸国よりも物価は多少高いですが物資は豊富だし道路などのインフラも整備されていてまだまだ発展しそうな勢いです。そして人々のあの笑顔が何よりも癒されます。今回は学校に行ってタイの人と親しくなれたので余計に感慨深いです。自分にはタイはとても肌に合っている感じがします。タイのみなさん本当にありがとうございました。

明日はいよいよタイを離れて次の国に向かいます。ここからは久しぶりに飛行機に乗ります。

2006年9月 9日 (土)

アジア編61 再びタイへ 2006/09/5-9/9

780km/ 15176km  ビエンチャン-ノーンカーイ(タイ)-バンコク-パタヤー
ラオスには1週間程の短い滞在でした。今日は ビエンチャンから陸路で国境を越えます。Img_0296 Img_0301 ビエンチャンの郊外とタイのノーンカーイと言う町は友好橋と言う橋で繋がっています。でも歩いて渡ることはできずにバスに乗って国境を通過しました。

入国を済ませるともうタイです。ここはタイ東北地方にあるノーンカーイと言う町です。東北地方はタイでも最ものどかな地方で半日程の滞在でしたが人々ものんびりしている感じがしました。

Img_0318 Img_0314 夕方そこからタイで初の列車それも夜行列車に乗ってバンコクを目指しました。今回の旅行ではずっと2等車ばかりを使ってきましたが2等車が満席だったのでここで初めて1等車に乗ってみることにました。値段は2等車よりも飛行機に近い位高いものでしたがその設備はそれだけのものがありました。寝台車は二人用の個室になっていて座席は昼間はソファ、夜は2段ベッドとして使用します。そこには洗面所もあります。夕方になると車掌さんがベッドメーキングをしに来てくれます。そして何よりうれしいのはトイレと兼用ですが温水シャワーが付いていることです。夜行列車でシャワーを浴びれるのは初めてで本当にうれしいです。

Img_0327 Asia_23 翌朝にはバンコクに到着しました。そこから電車を乗り継いでパタヤーに向かいました。この電車は各駅停車の普通車でエアコンもありません。これに4時間程揺られてついに到着しました。

Img_0387 パタヤは海岸沿いにあるリゾート地でバンコクから近いのでタイ人にも観光客にも人気があります。海もまあまあきれいで各種マリンスポーツが盛んなようです。

Img_0353 海に面しているだけあってシーフードは安くて新鮮でおいしかったです。

Img_0377 Img_0356 Img_0392 夜になると巨大な歓楽街がそこにありました。様々なレストラン、ビアバー(ビール中心のバー)、ムエタイバー(タイボクシングを見ながら飲むバー)、ディスコ(死語?)、ゴーゴーバー(ダンサーが踊るバー)、などなどそれぞれの人が思い思いに楽しんでいました。

2006年9月 6日 (水)

アジア編60 ラオスの首都へ 2006/09/3-9/4

120km/ 14396km  バンビエン-ビエンチャン
さて今日はまた移動日です。本来はラオス入りしてからそれぞれの地でもっとゆっくりとするはずだったのですがなぜか2泊位で次に行きたくなってしまいました。
Asia_22 Img_0256 今回はバスで3時間ほどの移動でラオスの首都ビエンチャンに来ました。ここはつい数年前までバスで走行中に強盗の被害にあったということなのですが今日はまったく安全でした。舗装もされていて快適な旅でした。

Img_0263 Img_0276 ビエンチャンは首都にしてはかなりこじんまりしていると言う印象です。街の中心部でも舗装されてない道路があったりしてまだまだこれからと言う感じです。それでも店の人やたまたま知り合った地元の人は皆とても親切で素朴な感じがしました。

Img_0279 Img_0284_1 Img_0286 パトゥーサイと言う戦没者慰霊塔は塔の上に登れるようになっていてそこからはビエンチャンの街が一望できます。そこで日本人と日本に留学していると言う日本語ぺらぺらのタイ人の二人組に会いました。タイ人にラオスの印象を聞いてみると自分が小さい頃のタイに似ていると言うことでした。自分はタイに対して同じような印象を持っていました。
つまり日本の20年位昔に戻った感じがタイでそれよりさらに20年位戻った感じがラオスなんです。どうりで自分にはとても昔懐かしい感じがする訳です。
Img_0289 街中にある市場を覗いたらこんなものを売っていました。何かの昆虫のさなぎの卵とじです。試してみたかったのですがどうしてもできませんでした。

Img_0125 そしてこれがラオスで唯一の国産ビール、ビアラオです。絶大な人気でとてもうまいです。

2006年9月 3日 (日)

アジア編59 古都から何もない町へ 2006/08/31-9/2

175km/ 14276km  ルアンプラバン-プーシー-ルアンプラバン-バンビエン
Img_0160 Img_0172 ルアンプラバンは古都で古いお寺がたくさんあります。その中でも特に高台にあって見晴らしがいいプーシーを訪ねました。すると英語が堪能な若い僧侶の一人が案内をしてくれました。ここの寺では100人を超す僧侶が就業に励んでいるそうです。彼は18才でもうじきバンコクに修行に行くそうです。ここの僧侶達は毎日9時に寝て翌朝4時に起きて6時から托鉢に回るそうです。自分にはとてもできない生活です。そこで明日早起きをしてその様子を見たいと思います。

Img_0188 Img_0193 夜市場に行くとたくさんの店と人で賑わっていました。その中でおいしそうな鶏のもも焼きを見つけて食べてみました。おいしかった~。

翌朝5時半に起きてまずは昨日のお寺に行ってみました。そこでは既にたくさんの僧侶が掃除などをしていました。

P1460506 P1460521 6時になると境内の大きな太鼓が打ち鳴らされそれと同時にたくさんの僧侶達が通りに行列を作り始めました。そしてそれから街の中を網の目のように回ります。そのあちこちに信者がご飯を持って待っています。僧侶が通る度にその手にした入れ物にご飯を入れて行きます。これが延々と続くのです。この風景が多分何百年もの間毎朝繰り返されているのです。そう思うととても神秘的で荘厳な気持ちになりました。

さて今日はまた移動日です。

Img_0199 ルアンプラバンからバスに乗ってバンビエンに向かいました。道路は所々穴があいていますが一応舗装されているし、バスも2階立ての大型バスだったので快適に6時間の旅ができました。途中たくさんの小さな村落を通りましたがみんなこの大きなバスを好奇の眼差しで見ていました。

Asia_21 Img_0202 このバンビエンと言う小さな街は何もないのがウリなんです。ラオスの内戦時代にアメリカ軍の基地があってちょうど横須賀のように軍人さんで栄えていたそうです。その頃培った英語や外国人に対する接し方を受け継いで戦後は外国人観光客に受け入れられる街になったと思われます。
ガイドブックを見てもこの街はまだ観光客慣れしていなくてのんびりと過ごせる街だとこぞって紹介しています。街を歩いてみると確かにこじんまりしてのんびりしていて穏やかです。ただ物価が意外に高いのだけがちょっと気になりました。

次の日は日帰りのトレッキングツァーに参加しました。まず午前中に3つの洞窟探検をしました。

Img_0233 Img_0222 雨でぬかるんでいるのでものすごく滑るので泥だらけになっちゃいました。まるでそれを楽しむための探検のようでした。昼食にはバーベキューを、腹が減っているせいもあってこれはイケました。

Img_0243 そして午後にはタイヤのチューブに乗って洞窟を探検するという結構無謀なことをしました。洞窟の入り口には水が流れ出ていて人一人がやっと入れる隙間しかありません。そこからやっと中に入って進んで行ったら途中からはチューブを置いてそこから歩幅前進で進んで行きました。中は真っ暗でみんなの頭につけたトーチライトだけが頼りなのにそれがバッテリー切れか故障で一個減り二個減りして心細い限りでした。ある程度行ったところで引き返してきたのですがこれはスリル満点でした。
Img_0557 そしてそれからラオ族の村を訪ねながら今日のメインイベントであるタイヤのチューブでの川下りの場所に向かいました。そこから川下りの開始です。しばらく行くとターザンジャンプのロープがあってそのロープを持って川に向かって飛び込みました。気持ちいい~。
それからはゆっくりと流れに身を任せながら川を下って行きました。すばらしい景色にビールの酔いも手伝ってのんびりしたいい~気持ちになりました。ラオスに来て初めてのんびりリラックスした気分になりました。ここはのんびりするのにいい所です。
Img_0571 この日のツァーでは東京の大学院生の4人組と一緒になりました。無事に帰りついたかなぁ。また6ヵ月後にどこかで会うのを楽しみにしています。

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