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2006年7月の13件の記事

2006年7月31日 (月)

アジア編50 バンコクあれこれ 2006/07/28-30 晴れたり曇ったり

0km/ 11916km  バンコク
ついにこのブログも50回目になりました。拙い写真と文章ですがこれからもよろしくお願いします。
Img_9382 28日は朝食にタイの麺を食べてみました。ベトナムのフォーに似ていておいしかったです。でも値段は150円と今までの国と比べるとかなり高いです。

バンコクの市内はとても交通量が多く慢性的な渋滞が起きています。それを補うためにいろんな乗り物があります。今日はそのいくつかに乗ってみます。

Img_9395まずは市内の中心を流れるチャオプラヤ川を使ったボートです。これは昔から市民の足となっているようです。宿のあるカオサンから船に乗って20分程で目的地に着きました。川からバンコクの主だった寺も見ることができて一石二鳥です。

Img_9400 そして次に乗ったのが1999年末に完成したと言うスカイトレインと言う高架鉄道です。始発駅のすぐ横を高架道路が通っていてひどい渋滞をしていました。その横を冷房が効いたきれいな電車で通り過ぎるのは気持ちいいです。

Img_9405 それから最後にちょうど2年前に開通した地下鉄に乗りました。たった一駅でしたがとても快適でした。ただスカイトレインと地下鉄の切符が共通化されていないので全く別に買わなくてはならないのがかなり不便でした。

Img_9412 Img_9414 夕食にはちょうど眼に止まった寿司しゃぶ食べ放題を食べました。回転寿司のように寿司としゃぶしゃぶの具が回っていて好きな物を好きなだけ食べることができます。味も結構おいしくて思わずまたたくさん食べてしまいました。食べ放題は行ってはいけない!
夜のカオサンは金曜日のせいもあってかものすごい人でした。バンコクはやはりすごいです。

Img_9428 29日はタイマッサージをやってもらいました。盲人のマッサージは腕が確かだと言うのでそこに言ってみました。他の国でのマッサージと方法はあんまり変わらない気がしますがやはり腕はよくとても気持ちよかったです。

Img_9456 Img_9461_1 Img_9468_1 30日は週末だけ開いているというその名もウィークエンド・マーケットに行きました。何百店舗もある巨大なこのマーケットがよくある町の市場と大きく違うのは地元の人と観光客が完全に一緒に買い物していることです。普通地元の人中心の市場だと観光客はどうしてもよそ者扱いで相場が解らないので値段も高く買わされてしまいます。ところがここはほとんどの店でしっかり価格が表示されています。たくさん買うとさらに安くなるようですが通常はこの同じ価格で地元の人も観光客も買うのです。だからとても安心感があります。そのせいか観光客にもとても人気でものすごい人でごった返していました。衣料品、インテリアを中心に食べ物や、雑貨、ペット、植物などいろんな物を売っています。普段は買い物があまり好きではない自分もおもしろくてついつい見て回ってあれこれ買ってしまいました。今まで周っていた国々と比べて商品の種類があまりにも豊富なので余計にそういう気持ちになったのかもしれません。
Img_9480 そして夕食にはタイスキを食べました。エビやカニ、肉や野菜などをしゃぶしゃぶのようにスープで湯がいて好みのタレで食べるというものです。これがおいしくて食べ放題なのをいいことに思い切り食べてしまいました。食べ放題はいけないと2日前に思ったばかりなのに(苦笑)

2006年7月29日 (土)

アジア編49 決死の国境越え 2006/07/26-27 曇り

400km/ 11916km シェムリアップ-ポイペト-アランヤプラテート(5カ国目 タイ)-バンコク
Img_9344 26日は昼間ネットなどをして過ごしました。夕方からカンボジアの民族舞踊を見ながら食事をしました。色とりどりの衣装に身をまとった男女が華麗な踊りを披露してくれました。ゆったりした音楽で動きもゆっくりなのが特徴です。

さて27日になりカンボジアでの滞在も今日が最後です。ベトナムに比べてまだまだ国が貧しい感じですが人々は欲が少なくておおらかな感じがしました。これから国が発展して行くことをお祈りします。お世話になりました。ありがとう。

Img_9351 Img_9355 Img_9353 朝7時半に宿にやって来たのは今までどこでも見たことがないほどのオンボロバスです。しかも狭い20程の座席は補助席まで全て満席、それも体がでかい白人がほとんどです。おまけにエアコンもついていません。こりゃあ大変な旅になるなぁなんてのんきなことを言ってるのも最初のうちだけでした。
シェムリアップを出てしばらくは狭いながらも舗装してある道路を揺れながら走って行きました。ところが30分も走ると舗装道路ではなくなってしまったんです。赤土をならしただけの道は激しく左右に揺れます。今は雨期なのであちこちにぬかるみがあってそこを避けながら走るのですごい蛇行運転です。また途中からは土が乾いていてすごい土煙が舞います。そしてエアコンがなくて窓を開けているのでそのホコリが全て車内に入って来ます。正に地獄の様相を呈してきました。
しばらく走っていると前方に自分達と同じ位の大きさのバスが立ち往生していました。どうやらパンクしたようです。外に出た乗客達がみんなお手上げポーズをしています。でもこれは全く人ごとではありません。バンコクまで一刻も早くしかも無事に着いてくれるのを祈るばかりです。
ところがその祈りは届きませんでした。12時近くになった時です。突然バスの真ん中辺りからけたたましい音が鳴り始めて車内は騒然としました。運転手はすぐに車を止めて調べに行くと何くわぬ顔で戻って来て言いました。車が故障したので全員降りるようにと。みんなあ然としつつも従うしかないので外に出ました。幸いにもその近くに昼食をとる予定の食堂があったのでそこまで歩いて行き昼食をとりながら修理が終わるのを待ちました。1時間半後やっと修理が終わって再び出発しました。
15時頃になるとみんなの疲労が限界に達してきました。もう頭の中はポイペトの国境に着くことばかりです。その時反対側から同じバス会社の車が来て止まりました。携帯電話をバトンタッチするためです。さていよいよ最後のひと走りとギァを入れた瞬間またもやけたたましい音が鳴り始めたのです。
あ~もうあと一歩なのに~。みんなまた外に出て見守っている時です。何台かのバイクが通りかかりました。そこでその人に交渉して国境まで乗せてもらうことにしました。

Img_9366 Img_9372 約60円払って乗せてもらいこうしてやっとのことで国境にたどり着いたのでした。荷物を下ろしてイミグレーションで出国手続きをします。

Photo_5 Img_9376 そこからあるいて国境を通過して5番目の国タイに入りました。
ここからはエアコン付きのゆったりバスでバンコクを目指します。道路も完全に舗装されていて乗り心地抜群です。それにここは日本と同じ左側通行です。それにしても国境を一本隔てただけで町の様子は全く違います。コンビニもあちこちにあるし店には物が溢れていて人々も余裕があるように思えます。やはり豊かさの違いがはっきりとあります。カンボジアにもがんばってもらいたいです。
Asia_16 そこからまたバンコクを目指して走って22時頃14時間以上にも及ぶ過酷な旅は終わりました。
カオサン通りと言うバックパッカーが集まるエリアは今日もたくさんの人でごったがえしていました。
これから少し時間をかけてタイを周りたいと思います。

2006年7月26日 (水)

アジア編48 荘厳なアンコールワット 2006/07/24-25 晴れたり曇ったり

120km/ 11516km シェムリアップ-アンコール・ワット-アンコール・トム-タ・プローム-タ・ケウ-プノン・バケン-ベン・メリア-シェムリアップ
この辺りにはアンコールワットを始めとしてたくさんの遺跡があります。これから数日かけてその中のいくつかを周りたいと思います。

P1460305 P1460319 P1460324 P1460336 24日はまず一番の目的地アンコール・ワットへ行きました。まず驚いたのがその規模の大きさです。1.4X1.3キロ四方の濠の中に回廊や塔などが並んでいます。そしてそれぞれが細かい彫刻によって作られているのです。これだけの物を作った12世紀の技術力、王様の権力、信仰の深さはすばらしいと思いました。
P1460363 P1460356 P1460350 そして次に向かったのがアンコール・トムにあるバイヨン寺院です。この中にはたくさんの塔が建っていてそれぞれの塔には観音菩薩像が四方に刻まれていて穏やかな顔でこちらを見ています。

P1460384 それから12-13世紀に建てられたタ・プロームと言う仏教寺院に行きました。ここの特徴は何と言っても建物全体が大きなガジュマルの樹に覆われていることです。これを見ていると本当に神秘的な気分になってきます。

P1460392 その後に行ったのが訪れる人もほとんどいないタ・ケウと言う寺院です。ここには彫刻のあまりない角ばった石を使って作られた塔がたくさんあります。アンコール・ワットはここをモデルにして作られたと言う説があるそうです。

P1460401 P1460403 そして最後に訪れたのがプノン・バケンと言う小高い丘です。ここからはアンコール・ワットを遠くに眺めることができ、またシェムリアップ川や夕景がきれいなことから夕暮れ時にはたくさんの人が訪れます。自分も夕暮れまで居ようと思ったのですが遠くで大雨が降っているのが見てとれてしかも雷もピカピカ光っているので一足早く宿に戻ってきました。
Img_9308 Img_9314 夕食にはカンボジアで人気だというスキ・スープを食べました。これはもうしゃぶしゃぶそのものです。魚介類、肉、野菜などをスープで煮てそれを独特のタレにつけて食べます。このタレが甘辛くにんにくも効いていてとてもおいしかったです。

Img_9315 そして25日にはシェムリアップから60キロ程離れた所にあるベン・メリアに向かいました。希望者10人でチャーターしたワゴン車で出発です。途中市場の近くで豚ちゃんが2頭仰向けで運ばれて行きました。

P1460406 P1460411 P1460416 およそ1時間半ほどで到着しました。人はほとんどいません。2001年にようやく外国人に公開されたそうです。規模はアンコール・ワットほどもあるのにジャングルの中にあって草木に埋もれていました。半分廃墟と化したその姿はコケ生してとても神秘的でした。

P1460422 最後には近くにある川に行って地元の人達と一緒に水浴びをしました。水は濁っていたけど気持ちよかった~。

Img_9317 森の中を歩いていたらこんな立て札が。これは地雷に注意!だそうです。やっぱりあった~。

アジア編47 プノンペンからシェムリアップへ 2006/07/22-23 晴れたり曇ったり

275km/ 11396km プノンペン-プノンペン市内ーシェムリアップ
Img_9206 Img_9211 22日朝起きると宿の前は朝からバイクであふれています。こうして見るとベトナムと同じ位活気がありそうです。朝食にはベトナムのフォーと似た麺を食べました。麺はより細めでこれもおいしかったです。

Img_9213 この人は電話屋兼ガソリン屋です。次の宿を予約するため市外通話をしたいとこの人に頼みました。電話番号を伝えるとその人はおもむろに携帯電話を取り出して1分7.5円でかけさせてくれました。そしてこのペットボトルに入っているのがガソリンです。ちょっと恐い気もしましたがこうしてみんな売っていました。
Img_9216 Img_9218 それから国立博物館に向かいました。ここにはカンボジア各地から集められた様々な彫刻が展示されていました。印象的だったのが像を仏像に仕立てているものがたくさんあったことです。

Img_9230 Img_9236 そしてその後王宮に行きました。市内を流れる大きな川沿いにあってその敷地はとても広いです。そこに数々の大きくて美しい建物が建っていました。この方はシアヌーク前国王の王妃だそうです。

Img_9258 Img_9261 Img_9263 23日は朝早く起きて宿の近くにある中央市場に行ってみました。東京ドーム位ありそうなとてつもなく広い建物の中にものすごくたくさんの小さな店があります。日曜日だと言うのに朝からみんな商品の陳列に追われています。その建物の外にも食料品の店などが並んでいます。やはり市場に来るとその街のエネルギーを感じることができます。

Img_9269 さて8時半にバスに乗ってアンコールワットへの玄関口シェムリアップに向かいました。高速道路ではありませんが舗装された道路をひたすら走りました。途中から道端にたくさんの唐辛子が干してありました。これからどのような食べ物が登場するか想像できそうです。

Img_9283 そして14時過ぎにシェムリアップに到着しました。シェムリアップはアンコールワットを訪れる人達のための観光都市でホテル、レストラン、土産物屋などがたくさん並んでいます。英語や時には日本語も通じてプノンペンから来た自分にはとても過ごしやすそうな感じがします。

2006年7月22日 (土)

アジア編46 緊張します、カンボジア。 2006/07/21 晴れ

215km/ 11121km ホーチミン(サイゴン)-モックバイーバベット(4カ国目 カンボジア)-プノンペン
今日は短かったベトナム滞在を終えてまた陸路国境を越えてカンボジアの首都プノンペンに向かいます。宿の近くから出る国際バスに乗りますが今日は7時間ちょっとの予定なので比較的楽(涙)かな。ベトナム滞在をなぜ短めに切り上げたかと言うとハノイでのあの人々の不誠実さがどうしても頭から離れなくて早くここを出たいと思ったからです。せっかく食べ物は無茶苦茶おいしいしいい人もたくさんいるのに残念ではあります。特にフエで会った人々はいい人が多かったです。短い間でしたがお世話になりました。ありがとう。

Asia_15 Img_9156 Img_9161 バスは国境に着きました。まずはベトナムの出国手続きを。ここでも途中で割り込む人続出です。パスポートの下に何かを忍ばせて、、、

Photo_4 出国が終わるとまた歩いて国境通過です。そしてカンボジアに入りました。今回はカンボジアのビザを予め取得してなかったのでまずここで取得することになります。申し込み用紙に記入してパスポート、写真、20ドルと一緒に渡すとすぐにビザを発給してくれました。それを持って入国手続きへ。

Img_9174 そして待機していたバスに乗ってプノンペンを目指します。カンボジアでは内戦時代に埋められたたくさんの地雷がまだ地中に眠っていると聞いているので少し緊張です。外を見ていてさっきまでのベトナムと比べて家もみんなが着ている服も質素という感じがします。大雨が降ったのか田んぼはあちこちで冠水してしまっています。

Img_9178 Img_9182 しばらく走っていると突然速度が遅くなりました。どうしたのかと外を見ると何と川に向かってゆっくりと走っているではありませんか!どうしたのかと見守っているとそのままバスは船に乗り込んだのです。ここには橋がなくて大きな渡し船に乗って対岸に行くのでした。

Img_9191 それからまたしばらく走って16時頃ついにプノンペンに到着しました。一国の首都としては随分こじんまりして静かな感じがしました。
宿に荷物を置いてからさっそく探検です。ATMをやっと探してお金を引き出すと何とそれは米ドル紙幣でした。今までアメリカ以外の国のATMで米ドルが出てきたのは初めてです。これがそのままほとんどの店で使えるのです。商品の価格もみんな米ドル表示になっています。ただし1米ドルは現地通貨の4000リアルで1米ドル以下の小額はリアルでやりとりしています。つまりおつりが3.4米ドルの時は3ドルと1600リアルをくれます。あ~何てややこしいのでしょう。せっかくベトナムドンに慣れて来たのにまたしばらく悩まされそうです。

Img_9200 さて夕食にはカンボジアの食べ物らしい麺を食べたのですが牛肉や春巻きやピーナッツがのっている以外はよくわかりません。でもおいしかったです。夜10時を過ぎると金曜日なのに人通りがとても少なくなって宿も11時でシャッターが閉まっていまいます。それ以降はビールすら買うことができなくて寂しいカンボジア初日でした。

2006年7月21日 (金)

アジア編45 ホーチミン(サイゴン)あれこれ 2006/07/19-20 晴れ

0km/ 10906km ホーチミン-ホーチミン市内-ホーチミン
Img_9090 Img_9093 Img_9097 Img_9100 Img_9104 Img_9106 Img_9115 19日はホーチミン(サイゴン)市の郊外にあるベトナム戦争の時に開放戦線によって掘られたというクチ・トンネルへ行きました。全長200キロにも及ぶというこの地下トンネルは1000人が住んだという都市になっていてアメリカ軍でさえ攻略できなかったのだそうです。煙で燻して辺り全体を文字通り煙に巻いたり様々な罠で相手を攻撃したりと工夫の跡がたくさん見てとれます。またなぜか射撃体験をすることもできます。人々の自由への執念が伝わってきました。
Img_9109 また中ではベトナム料理の生春巻きに使う米で作ったライスペーパーの作り方も実演していました。クレープを焼く要領で次々と焼いていきます。

Img_9121 さて昼食にはまた日本食を食べました。野菜炒め定食です。もうそのまんまです。こちらの食事からすると少し割高ですが味噌汁がおいしかった~。

20日は市内にある戦争証跡博物館に行きました。ここはベトナム戦争の悲惨さを伝えるために30年前に作られたそうです。今では毎日たくさんの様々な外国人が訪れています。その中にはいろんな物が展示されていました。写真で伝える戦争の惨さ、実際に使われた戦車や武器、枯葉剤によって奇形となった胎児のホルマリン漬け、本物のギロチン台など目を覆いたくなる物がたくさんありました。そして最後には国際的支援や過去の傷跡から立ち直って今日発展するベトナムの姿が描かれていました。
これまで広島の原爆、鹿児島の特攻隊、北京の抗日抗争などいろんな場所で戦争の悲惨さを見てきましたがいつも思うことはこういう過去の出来事に目を背けず現実に起こったものだとしっかりと頭に焼き付けた上で2度とこのようなことを繰り返してはいけないと後世にしっかりと伝えていかなければならないと言うことです。

Img_9134 Img_9136 その後市内の中心部を見て周りました。大教会や中央郵便局など100年以上前に建てられた美しい建物が並んでいました。

Img_9137 Img_9138 さて早いもので今日はベトナム最後の日です。夕食にはまた生春巻きとバインセオと言うお好み焼きのような物を食べました。中にもやし、エビ、豚肉などが入っておいしかったです。この10日間で一段と体が重くなったような気がします。ヤバイ(汗)

2006年7月19日 (水)

アジア編44 ベトナム最大の都市ホーチミン(サイゴン)へ 2006/07/17-18 晴れのち曇り

900km/ 10906km フエ-(電車)-ホーチミン(サイゴン)
Img_9045 Img_9050 Img_9055 17日はフエからベトナム初の電車に乗ります。11:27発で翌日11:05ホーチミン着の堂々24時間約900キロの長旅です。ところがいきなり電車が遅れて待合室でみんなカンヅメです。やっとホームに出るとそこは地面よりも少しだけ土が盛り上がった停車場という感じです。隣のホームに行く人々が自由に線路を横切って行きます。しばらくして電車がやってきました。緑色の車体の結構使い込まれた車両です。フエではハノイからやって来たらしい白人の旅行者グループがどっと降りました。さっそく寝台車に乗り込むと上下2段のベッドが2つ向かい合わせに並んだ個室です。自分の上の段の地元の人が英語でいろいろ教えてくれました。この列車には食堂車はないのですが何と夕食と朝食として弁当が出るのです。それも運賃(約4000円)に含まれているのでした。今それを知った自分はちょっと得した気分になりました。その人はフエの出身だそうで自分はフエがとても好きだと言ったら喜んでくれて彼も必要がなければずっとフエにいたいと言ってました。
しばらく窓の外を眺めていました。この線路は単線なので他の列車とすれ違うことはありません。でも時々停まる駅では列車が待ち合わせしていたりたくさんの店が出ていたりしました。線路は田んぼのすぐ脇を通って行くのでまるでバスに乗ってあぜ道を走っているかのようです。
Img_9062 18時になると車掌さんがお弁当を持って来てくれました。機内食のように容器に入って暖められたおかず2品、スープとご飯はなかなかイケる味でした。

19時頃には外も暗くなってきてここからが長い時間です。このパソコンはバッテリーが7時間位と意外に長持ちしてくれるのでこういう時には助かります。こうして日記を書いたりDVDを見たりして過ごしました。
Img_9024 ベトナムはロシア人がたくさん住んでいた時期があって彼らが持ち込んだウォッカも結構飲まれているそうです。フエで300円でボトルを1本買いました。それをまた列車の中で水割りにして飲んでいます。ちびちびやるとこれが結構イケます。

Img_9065 ふと目が覚めるともう外は薄明るくなっていました。何もない草原の中をただひたすらに列車は走り続けています。
7時になると朝食が配られました。と言ってもパン1個です。ま、サービスだと思えば仕方ないか。

Asia_14 Img_9071 そしてさらに走ること4時間、やっとのことで列車はホーチミンに到着しました。駅はとてもこじんまりしていてベトナム一の都会と言う感じがしません。それでもタクシーで宿に向かうとものすごい数のバイクや自転車、車、三輪車などが入り乱れて活気に満ちています。宿はバックパッカー御用達の宿屋街にあるのでその近辺は食堂、土産物屋、CD・DVD屋、旅行代理店などで溢れかえっています。KFCやロッテリアなどのファーストフード店を見たのもベトナムに来て初めてです。大型バスで次々といろんな国の観光客がやってきてとても賑やかです。

Img_9083 その中の1軒の食堂では日本食もメニューにあって思わず冷奴を食べてしまいました。豆腐におろし生姜とネギとしょうゆをかけただけなのにおいしかった~。やはり日本食は最高です。これから数日ベトナム最後の宿泊地ここホーチミンを散策してみます。

2006年7月16日 (日)

アジア編43 フエへ 2006/07/13-16 曇り時々雷雨後晴れ

600km/ 10006km ハノイ-ハノイ市内-(バス)-フエ-フエ市内-フエ
13日は日中ハノイ市内を散策しました。
そして初めて夜行バスでフエまで長距離の移動をします。
Mvi_8909 Img_8918 集合時間の18時近くになるとものすごい雷雨になりました。しばらく待っても止みそうにないので集合場所に行きました。するとバスの場所まではバイクタクシーで行くと言うのです。さっきよりは小降りになったとは言えまだ結構降ってる中を、前に俺の大きなバックパック、後ろに俺が乗って走り出しました。大雨で道が水浸しな上に重くてバランスも悪くしかもたくさんのバイクや車の間をすり抜けながらかなりのスピードで走ります。おまけに途中からまた激しく降り出したので俺の体にビニールシートを被せてくれたので俺は前が全く見えません。これはもう遊園地のどんな乗り物よりもスリル満点でした。
バスは寝台車ではありませんがリクライニングで枕が付いているので結構快適です。ただオーバーブッキングで何人かは狭い通路の床の上にビニールシートを敷いて寝ていました。いつものことなのか彼等用の枕がちゃんと用意されていました。
出発して市街地を抜けると一般道を100キロ近いスピードで走り続けます。時々道が悪い所があってジャンプする度に跳び起きてしまいました。途中何回もの休憩を挟んで14日朝8時半についにフエに着きました。
Img_8950 Img_8961 Img_8967 Img_8989 Img_8993 フエはハノイとは全く違って静かな田舎町という感じです。その分人々ものどかそうであまり観光地慣れしてない感じです。それに金額をごまかそうとする人も全くいません。場所によってこんなに違うものなんですね。自分は都会よりもこういう所が好きです。

15日も朝から強烈な日差しが照りつけています。午後幾分涼しくなってから人力車で町外れにあるティエンムー寺や300年近く続いたベトナム最後の王朝があった王宮を訪ねました。この町では人力車が1時間200円ほどで好きな所に行ってくれます。なぜかタクシーが少ないので市民の足になっているようです。この地ではベトナム戦争の時に激しい戦闘が繰り広げられ1万人以上の犠牲者が出たそうです。王宮の中にも砲台や弾痕など当時の生々しい痕が残っています。それを癒すかのように美しい蓮の花があちこちで咲き乱れていました。

16日は自転車を借りて市場へ行ってみました。この町にはスーパーがないらしく人々は何でもここに買いに来ます。日用品、雑貨、生鮮食料品、花などありとあらゆる物を売っていました。やはり市場に来ると人々のパワーを感じます。
Img_9029 夕方になって川沿いに来ると遠くにゆっくりと沈む夕陽がきれいでした。

2006年7月13日 (木)

アジア編42 ハノイとハロン湾 2006/07/11-12 曇り時々晴れ

330km/ 9406km ハノイ-ハノイ市内-ハロン湾-ハノイ

Img_8852 11日はハノイ市内を散策しました。旧市街には洋服屋、靴屋、眼鏡屋、カバン屋などいろんな店がそれぞれ集まっている通りがあっておもしろいです。いろんなブランドのコピー商品は韓国、中国と同様普通に売られています。また天秤棒に農作物やお粥などを入れて売り歩く女性がたくさんいました。

Img_8859 Img_8860 今日はベトナムの麺フォーと生春巻きを食べましたがどちらもさっぱりとした味でおいしかったです。ライムやニョムナム(魚醤)を入れると尚イケます。ベトナムと中国はこんなに近いのに中国の油っぽくて辛い料理とは全く違うのはとてもおもしろいです。

それとベトナムは観光客が多いせいかもしれませんが食堂でも店でも英語を話す人がとても多く助かります。

P1460248 P1460233 夜にはハノイ名物だと言う水上人形劇を観に行きました。言葉はわかりませんが何となくストーリーはわかって楽しかったです。どうやって人形を操っているかわかりますか?

12日は朝早くからツァーバスに乗ってハロン湾に向かいました。3時間程乗って昼前に到着してそこからボートに乗りました。ボートは15人位で1隻だったのでとてもゆったりと乗ることができました。

P1460263 P1460265 P1460273_1 P1460274 P1460282 P1460289 海の桂林とはうまく言ったものでその通り海の中から桂林のような小島がいくつもそびえ立っていました。いろんな形の小島が並んでいて美しい景色です。また途中で寄った島は中が鍾乳洞になっていてカラフルにライトアップされたいろんな鍾乳石がきれいでした。

朝曇っていた天気も晴れてきて空の青と小島の緑や黒が対照的で美しかったです。

アジア編41 バスでベトナム国境越え 2006/07/09-10 曇り

当初10日に桂林から国際列車でハノイに行く予定でした。しかし団体の予約が入ったとかで発売当日の8日になって急に切符が発売されなくなってしまいました。だったらせめてもっと早く教えてくれればいいのに。でも仕方ない、ここは中国です。

そこで9日に電車で桂林からもっとベトナムに近い広西省の省都南寧(ナンニン)に来ました。ここからは電車とバスがハノイに向かっています。電車だとまた夜行になるので今回は国際バスに乗ることにしました。

Img_8776 Img_8777 夜になって中国最後の食事をしました。今回はスペアリブと海老を堪能しました。

これでいよいよ中国ともお別れです。今回中国に1ヶ月半位いて感じたことがあります。

今まで中国や中国人に対してあまりよくない意味で誤解していた部分があります。

大部分の中国人は真面目に一生懸命毎日を生きてるいい人達なんだ。ただ物事をはっきりと言ったり声が大きかったりするんで最初はどうしても戸惑っちゃうんです。でもお互いの意志が通じて仲良くなるときっとうまくやっていけるんじゃないかな。もちろん個人差はあると思いますけど。

日本に来る中国人は確かに悪い人もいてどうしてもそのイメージが強いけどこれからは中国人だと言うだけで色メガネで見たりしないで心を開いて接するようにしたいと思います。

中国で出会ったたくさんの方達、本当にありがとうございました。

Img_8789 Img_8792 Img_8794 そして10日朝、南寧(ナンニン)のバスターミナルからバスに乗るとまもなく高速道路に入りました。中国からベトナムに高速道路が開通したのでバスでの越境が可能になったそうです。

2時間半程走って中国側の国境地点友誼関(ヨーイークァン)に来ました。ここでバスを降り荷物を持って出国手続きをしました。そしてそのまま歩いて踏み切りのような所を通って国境を通過です。何かとてもあっけない感じです。それからベトナム側の入国管理へ。入国書類を書いて入国のスタンプを押してもらいます。

そこで見てしまいました。たくさん並んでいる我々を尻目にパスポートと10元紙幣をそっと差し出した人がいました。するとその人のパスポートには即座にスタンプが押され返されたのです。そしてお金は机の下に消えました。そうか、ベトナムはこういう国なんだ。これからの滞在中肝に銘じておかないといけません。

さてそこを出ると外にはベトナムのバスが待機していてそこからハノイを目指しました。外を眺めていてすぐに感じたのはベトナムの家はカラフルで可愛らしい家が多いと言うことです。これもフランスの植民地だった影響でしょうか。

Img_8811 Img_8826 ハノイに近づくにつれてそれまで田んぼだった風景がビルに変わってきました。そして16時頃ハノイに到着しました。宿にチェックインしてからさっそく散策に出かけました。銀行のATMでベトナムのドン紙幣を引き出すと日本円で1万円ちょっとが150万ドンにもなります。5万ドン札が30枚出てきました。中国元は115円位だったのでこのドンに慣れるのにしばらく時間がかかりそうです。ハノイの街は人と車とバイクで溢れ活気で満ち溢れています。

Img_8831 ベトナムでの最初の食事は鶏ビーフンと海鮮春巻きです。スープはあっさりでしかもだしが効いていてとても日本人好みだと思います。おいしい~~。

今日はこの後ちょっとした買い物などをしたのですがまた気づいたことがあります。食事代や買い物代の計算やおつりの計算がいつも正しくないのです。最初は間違っちゃったんだなと思いました。でも別々の店で3回連続で違ったのでこれはきっと旅行客に対してはこうするのが当たり前なんだなと思いました。だからこれからは自分でもちゃんと計算して騙されないようにしないといけません。

Photo_3 Asia_13 さていろんな面で”刺激的”なベトナムの始まりですがこれから各地を周って行こうと思います。

2006年7月 8日 (土)

アジア編40 桂林川下り 2006/07/05-07 晴れ時々曇り

200km/ 8351km 桂林-り江(りこう)川下り-ヤンシャオ-興坪(シーピン)-桂林
今日は桂林の目玉であるり江(りこう)の川下りに行きます。朝8時前に宿を出て車で郊外の船乗り場に行きました。そこには既にたくさんの人が続々と船に乗り込んでいました。その中の1つに乗って出発です。今日の船旅は約60キロ、5時間弱です。船は1階が座席になっていて屋上に上がってそこから川の両側に広がる景色を眺めました。

P1460098 P1460103 P1460111_1 P1460123 しばらくするとあのこの辺りのとんがった山々が連なる景観が目の前に広がってきました。白黒の山水画をイメージしていたのですがそれよりも真っ青な空と濃い緑に包まれた山々のコントラストがとても美しかったです。船は結構なスピードで川を下って行きます。次々に変わり行く景色は見ていてまったく飽きません。カンカン照りの太陽に照らされながらも静かな船旅を楽しみました。
P1460132 これはその中の見どころのひとつで9頭の馬が見えるそうなんですがどうでしょうか?

さて船旅が終わって終点のヤンシャオの町に着きました。そこからバスに乗って今日の宿泊地興坪(シーピン)に向かいました。そこには日本人の旦那さんと中国人の奥さんがやっている宿があるのです。
http://www.kakura.jp/xp/
泊まっている人も日本人の人が多くて食事もあっさりの味付けです。何よりもお二人のおもてなしの心が伝わってきてほっとすることができました。

翌日は朝早く起きて裏にある200メートル程の山に上りました。急な石段を登って行くので結構大変でしたがその上からの景色がまたすばらしかった。朝日を浴びて刻々を変わっていく風景は幻想的でした。

Img_8630 Img_8642_1 Img_8649 白黒で写真を撮ってみました。
山から戻って朝食を食べてシャワーを浴びてさて今日は何をしようかと考えていたら突然部屋の明かりとエアコンが止まりました。停電です。ブレーカーが働いたんだろうと思ってしばらく待ってもそのままです。どうやら町中停電のようです。
旦那さんの話だと去年はよくあったけど今年はあまりなかったのになぁと言うことでした。
しばらくすると水も止まりました。もう笑って待つしかなさそうです。
午後になると気温はぐんぐん上がります。ついに前の川で水浴びをすることにしました。上流で生活排水を流しているらしいこの川は決してきれいとは言えません。それでも水に浸かっていると冷たくて気持ちいい~。
P1460222 Img_8718 Img_8720 Img_8727 夕方になってまた景色を見に行きました。夕陽は見れませんでしたが少し色づいた山々はまた違った趣できれいでした。
夕食にはカレーライスを食べました。そのまま日本のカレーライスでむちゃくちゃうまかった~。やはりこう言うものは食べたくなります。

Img_8734 7日朝に宿とお別れしました。林さん、ビンビン、そして喜多郎ちゃん、どうもお世話になりました。カレーライス最高においしかった♪またいつか石に彫ってもらった記念碑を見にきます。

Dscn0001_exposure それから興坪(シーピン)から更に山奥に入った川の上流で急流下りに挑戦しました。二人ずつゴムボートに乗り込み落差220メートル全長4.5キロの自然の川を利用して作ったコースを90分程で下ります。途中かなりの急流や岩場があったりしてスリル満点でした。途中でボートから投げ出されてリタイヤする人続出でした。
夕方バスで桂林に戻って来ました。

アジア編39 桂林あれこれ 2006/07/04 晴れ

0km/ 8151km 桂林-桂林市内-桂林
Img_8551 今日も朝から強烈な日差しです。ここ数日で自分は結構日焼けしたかな。

桂林の風景をいくつか紹介します。
Img_8553 Img_8566 市内には日塔、月塔と言う1対の大きな塔が建っていました。夜にはライトアップされて美しさを放っていました。

Img_8561 中国各地にあった台湾風ステーキの店がここにもあったので食べてみることにしました。何が台湾風かと思ったのですが多分濃厚なステーキソースが特徴のようです。多分アメリカ産牛肉ですがおいしかったです。

Img_8597 Img_8573 市内を流れるり江(りこう)は市民の天然プールになっていました。昼も夜もたくさんの人でにぎわっていました。そこに架かる橋もライトアップされていました。

Mvi_8610 街中では5才位の少女が雑技団顔負けなほどの演技をしてました。

2006年7月 2日 (日)

アジア編38 重慶から桂林へ 2006/07/01 曇り時々雨

1292km/ 8151km 重慶―重慶駅-貴陽駅ー桂林北駅-桂林
今日はまたまた移動日です。重慶から桂林への直通電車がないため途中貴陽で別の電車に乗り換えなくてはなりません。6月29日19:57重慶駅発、2日後の7月1日2:54桂林北駅着と言う過酷な旅です。まぁのんびりと行こう。
Img_8502 Img_8511 昨日重慶でマッサージをやってもらいました。その時に耳掃除というのを225円の別料金でやってもらいました。専門の人が明かりで耳の中を照らしながら丁寧に掃除してくれます。最初は少し怖かったけど結構汚れていると言ってきれいにしてもらったらとても気持ちよかったです。
さて電車は途中でかなりの雨に降られました。先日から移動する度に湿度が高くなってきて南下している感じがします。長い時間列車に乗って段々時間の感覚がなくなってきました。夜中に突然誰かに足をトントンを叩かれて飛び起きました。すると列車の車掌さんがお越しに来てくれたのでした。

Asia_12 それから30分程で桂林北駅に到着しました。そこからタクシーで20分位飛ばして宿に着きました。
受付は7時からだと言うのでラウンジで仮眠させてもらいました。チェックイン後部屋でまた寝て昼ごろやっと眠気から開放されました。
桂林の街はそんなに大きくはありませんが観光都市だけあって割りときれいにしています。そして通りにはおびただしい数の客引きがいます。ホテル、3輪自転車、観光ツァー、マッサージといろんな人が声をかけてきます。それらをかわしながらしばらく歩いていると突然スコールのような雨が降り出しました。そしてほんの数分で止みました。どうやらここは亜熱帯気候のようです。緯度をみるとだいたい沖縄の宮古島と同じ位です。
Img_8544 Img_8539 ここ桂林で食事をしましたがここは広東に近いせいか料理の味付けも油が少なく日本に馴染み深い味付けで酢豚も鶏なべもおいしく食べられました。

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