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2009年1月24日 (土)

起業編3 物件探し

Photo
2008年9月
加盟してまずやらなくてはならないこと。それはお店を出店する場所を探すことです。
この場所を探すに当たってひとつ忘れてはならないことがありました。
それは開店の為の初期投資金額を少しでも安く抑える為に居抜き物件を探すことです。居抜きというのは前にその場所で別のお店が営業していてそのお店が廃業することになった場合そのお店の内装や厨房器具などをそのまま譲り受けて新しいお店を開くことです。
これを利用することによって全く何もない状態(スケルトンと言います)から作るよりも格段に初期投資金額を削減できるのです。
このように居抜き物件には大きな利点があるのですがその反面マイナス面もあります。それはちょうどいいタイミングで自分のお店に合ったような立地場所、サイズ、間取り、設備のお店を見つけるのが大変難しいということです。
010phot_roppongi01 自分はお店を開く場所としてここがいいと思っていた場所がありました。それは吉祥寺です。その理由として①自宅から近いので通うのが便利、②東京23区外なのでFC加盟料が割安(加盟当時)、③23区外なのに人気があり大きくて人口も多く商圏が広い。これらの理由からこの場所に居抜き物件が出てくれればいいなぁと思っていました。
しかし、、、そう簡単に物事は進んで行ってはくれません。吉祥寺には待てども待てども物件は出て来ませんでした。
最初に出たのが調布でした。調布も自分にとっては先ほどの条件にほとんどあてはまるので見に行くことにしました。しかしここは条件が折り合わずに結局あきらめることになりました。

025 2008年10月
ついに吉祥寺に物件が出ました。さっそく本部の人と一緒に見に行くことにしました。すると吉祥寺の中心部にあり広さもちょうどいい位だったのです。ところが現在営業中の定食屋さんがあまりコストをかけずに開業したらしく店の状態がよくありません。これではほとんど作り直さないと使い物にはならないのです。しかも店はビルの2階でそれがとても目立ちにくい場所でした。そして決定的なのがその賃料の高さでした。吉祥寺は人気の町なので23区外とは言え非常に高い賃料なのでした。これではとても歯が立ちません。
吉祥寺だけを探していたのではいつになったら見つかるかわからないので他の場所も同時に探すことにしました。
P1000514 次に見つかったのが横浜の綱島という場所です。東京や横浜の中心からは離れた住宅街の町ですがその分賃料も安く駅から近い物件が見つかりました。しかも前にやっていたのはしゃぶしゃぶ屋で店内の設備はかなりそのまま使える感じです。ここはいいかなと話を進めようとしたのですがここもあいにく条件が折り合わずにあきらめることになりました。

020_404 2008年11月

P1000570 その後も浅草橋、

P1000579 八王子といろんな物件を見て回りました。同時に居抜き物件を紹介しているいくつかのサイトも毎日チェックして探し続けました。

P1000546 そんな中で出てきたのが綾瀬の物件でした。
綾瀬と言っても神奈川県綾瀬市ではなくて東京都足立区綾瀬です。
さっそく見に行ってみました。千代田線綾瀬駅の西口の改札を出て右側の表通りに面した出口を出たら左側に歩いてほんの数十秒の所です。この辺りは千代田線が高架になっていてその高架下にありました。前には海鮮居酒屋が営業していて店内の造りも綺麗です。ここはかなりいい条件だと思いました。
ただこの綾瀬と言う場所に今まで縁がなかったのでそれから昼夜何回となくここを訪れてはどんな場所なのか?どんな人達が住んでいるのか?を見て回りました。
それでわかったことは、
①ここは住宅街で自転車やバスでこの駅まで来る人を含めてかなりたくさんの人がこのエリアに住んでいる。
②物販店や飲食店も結構たくさんあり中にはとても繁盛している店もある。
③近くには筑波エキスプレスの青井と言う駅や東武伊勢崎線の五反野や小菅と言う駅も隣接しておりそちらも含めて広域の商圏を形成している。
④中国系の人がかなりたくさん住んでいる。
これはお店をやるいい条件が揃っていると思いました。
そこで本部を通して話を進めてくれるように頼んだのです。

030_002 しばらくして本部から連絡がありました。さっそく問題発生です。
この物件の持ち主は東京メトロさんなのですが基本的に個人には貸さないということなんです。うわーショック。そう言われてしまうともう自分にはどうしようもありません。
仕方なしにあきらめようとしました。
しかしそこで本部が助っ人になってくれたのです。本部が東京メトロさんから借りてそれを転貸と言う形でこちらに貸してくれると言うのです。これはもう願ってもないチャンスでした。さっそくそれをお願いしました。それでも人気の物件らしく他にも引き合いが来ていて実際に借りられるかどうかがわかるまでにはしばらく時間がかかるらしいのです。でもこちらにできるのは待つことのみです。これはもう運を天にまかせるしかありませんでした。
しかしその待っている間にも自分にはやらなければならないことがありました。資金計画を練ることです。ここで店を開くとだいたいいくら位かかると言うのはわかりました。しかし手持ちの資金だけでは全く足りません。そこであちこち金策に走り回ることになりました。
ここで大きな葛藤がありました。自分が当初ラーメン屋を始めたいと思った時は自己資金で始められる位の小規模な店を想定していたのです。ところが規模が小さい物はライバルが多くて競争も激しくとても太刀打できるとは思えなかったのです。そして段々話は大きくなっていき、ついにここまで来てしまいました。ここで一発勝負に出るか、それとももっと規模が小さい店を探すかの決断を下さなくてはなりませんでした。
そこで自分が出した決断とは??

040hinabe_sanmi1 2008年12月
人生最大の賭けをしてみよう!ということでした。飲食業はギャンブルだと言われますがまさにその通りだと思います。自分も気がつけば48歳、ここで一発勝負してみようと言う気になったんです。

さてそれからは金策に躍起になってました。世の中はリーマン・ブラザーズの破綻に代表される世界不況に突入したばかり。こんな大変な時期に新規開業なんてできるのだろうか?そもそもしてもいいのだろうか?と言う疑問に悩まされつつも前進していきました。

まずは政府系金融機関である日本政策金融公庫(旧国民金融公庫)に行きました。こちらはこういう不況下だからこそ余計に積極的に融資をしなければならないということで非常に好感触でした。そこでさっそく申し込んでみることにしました。
融資の申し込みをするためには東京都知事の推薦書と言うものが必要です。広尾にある東京都生活衛生営業指導センターに申請に行くとすんなりと交付してくれました。
それを持って日本政策金融公庫へ。急いでいると言ったらとても迅速に対応していただきました。そして面接、審査を経て2週間後には融資の決定が下されました。
その他にもリースなどいくつかの方法を駆使して必要な資金を獲得する目処が立ちました。

050mongoru_kusi そうこうしているうちに東京メトロさんからの回答が来ました。OKのようです。
やった~、これで開業ができるぞ~。
こうして開業への道のりがぐっと近づいたのです。
ではこの続きはまた次回に。

2009年1月12日 (月)

起業編2 飲食業の道

2008年6月
さていったいどうすれば自分がやりたいと思っている飲食業を開業できるのでしょうか?
それから調査を開始しました。
010logo02 経済産業省の後援で発足した起業への挑戦を様々な形でサポートするドリームゲートプロジェクトと言うものがあります。
そのサイトでは起業のいろはからアドバイザーが相談に乗ってくれたりセミナーを開いたりしています。また実際に起業した人の体験談もたくさん紹介しています。
確かにそのサイトに書かれていることは丁寧で解り易くとても参考になります。

ところが。。。
ラーメン屋を目指していた自分がその代わりにいったいどんな食べ物を提供する店を出したらいいのだろう?
その答えは自分で見つけ出さなくてはなりません。
それからまた暗中模索が始まったのです。

ネットでグルメサイトを片っ端から見て回ったり実際にいろんな街を歩いてどんな店に人気があるのか調べてみたりしました。

2008年7月
そんな中で見つけたのがFCという存在でした。FCって何だかご存じですか?
FCとはフランチャイズの略で本部側がブランド、商品、ノウハウなどを提供してくれて加盟店側はその対価としてロイヤルティーを支払う仕組みです。経営はあくまでも個々の加盟店で独立しています。ケンタッキーフライドチキンが世界最初のFCだそうです。
そのFC本部が集まって加盟店を募集するための催しがあると聞いて行ってみました。東京ビッグサイトで行われたそのフェアにはいろんな業種のFC本部が出展していました。
その中で自分に興味があった物は
050logo2
・リラクゼーション

070 ・はんこ屋
・カフェ
060logo3 020head_logo ・持ち帰り寿し・弁当屋





040logo ・ハンバーガーショップ

Image152 ・居酒屋

030hd_logo_2 ・コンビニ
・たこ焼き屋
などです。資料をもらったりブースで話を聞いたりしました。そして後日詳しく説明を受けることにしたものもあります。しかし法人のみを募集していたり、初期投資額が大きすぎて手が出せなかったり、逆に規模が小さいので競争相手が乱立していたりと中々これだという物を見つけることができませんでした。

そんな中でひときわ自分が注目した物がありました。

Photo_roppongi01 ・モンゴル薬膳しゃぶしゃぶ

ブースに入るとその食べ物の写真が展示されていました。鍋が3つに仕切られていてそれぞれ赤、白、茶のスープが入っています。
おやっ!この鍋見覚えがあるぞ。
それは中国や台湾を旅行中に何度も食べた火鍋だったのです。辛くて赤いスープとまろやかで白いスープ、これが具材とよく合ってとてもおいしい鍋だったのを思い出しました。
そこで詳しく話を聞いてみることにしました。
その店の名前は小尾羊(シャオウェイヤン)といいます。
こちらがそのHPです。

http://www.syabusyabu.net/

2001年08月に中国の内モンゴル自治区包頭市内に第1号店が開店したそうです。その後今までに中国国内を始めドバイ・オーストラリア・イギリス・ベトナムなどに700店舗を展開しているんだそうです。
日本では2007年4月に新大久保店を開業したのを皮切りに銀座・六本木・池袋・横浜中華街・本八幡と計6店舗が営業中だそうです。

そこで一度店舗におじゃまして試食させてもらうことにしました。
次の日さっそく池袋店に行きました。独特の異国情緒溢れる店内で3つのスープが入った鍋が出てきました。ちょっと漢方薬っぽい香りがして自分は好きでした。
3種類のスープはそれぞれとても個性的でそこに入れた肉や野菜とよく合って素材の味を引き出してくれるものでした。
”これはおいしい~。”と思わず顔がほころんでしまう味だったのです。
このお店にはかなりのインパクトを受けました。

2008年8月
その後もお店探しは続きました。
Logo_nabezou 探してみるとしゃぶしゃぶの専門店は結構たくさんありました。

Rogo 鍋のくくりでみるとふぐ鍋やちゃんこ鍋の店もありました。そして規模が大きな専門店がほとんどでした。日本料理としてのしゃぶしゃぶは既に激しい競争の時代に入っていたのです。
Menu_mk タイしゃぶのお店もあったのですが残念ながら現時点ではFC展開はしていないとのことでした。
しかし中国の火鍋は日本ではまだまだこれからといった感じでした。中国や台湾に仕事や旅行で行った日本人や日本に住んでいる中国・台湾の人の間で徐々に人気が出てきている感じでした。
自分は”これならイケる!!”と思い、ついにこのFCに加盟することを決断しました。
そして2008年8月29日に加盟契約書に捺印をしたのです。
ここに大きな第一歩を踏み出しました。続きはまた次回に。

2009年1月 5日 (月)

起業編1 いよいよ始動

遅ればせながらあけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

日本に帰って来て7か月、今までいろんな可能性を模索してきました。
その間自分の中でもやもやした物があって日記やブログの更新もできず仕舞いでした。今まで何をしていたのか?をまず書いてみたいと思います。

自分は社会人になってから20年間余りずっとサラリーマン一筋でした。
3年前サラリーマンを辞めて旅行を始める決心をした頃、旅行が終わって帰国したらやりたいと思っていたことがありました。
それは自分の店を持つことです。実家が商売をしていたこともあり小さい頃からお客さんと直に接する商売をしてみたいという気持ちを持ち続けていました。
さてではいったいどんな商売が自分に適しているでしょうか?

まず思い立ったのがマッサージ屋さんです。自分はタイとインドでマッサージを習う機会がありました。
010img_0010_2 020img_1868_2 030img_2095



両者はかなり違うのですが自分はどちらもそれぞれ好きでした。そこでそのタイ式とインド式(アーユルヴェーダ)をミックスして独自のマッサージをやったらどうかと考えました。
ところが実際に街を歩いてみると。。。あるわあるわ、たくさんのマッサージ屋さん。日本式、タイ式、インド式、中国式、ハワイ式、スウェーデン式などいろんなタイプのマッサージ屋さんがあって熾烈な競争をしています。それを見てこれからマッサージのお店を開くのは自分には難しいと思ったのです。

次にやりたいと思ったのが飲食業です。
昔から食べ物にはとても興味がありました。今回の旅の中でも様々な国の料理と出会い感動したこともたくさんあります。
旅行に出る前は自分が大好きなラーメン屋がいいかなと漠然と思っていました。3年前には新しい店が次々にできて競争を繰り広げていました。しかし現在では既に競争の時代は終わって勝ち残った有名店があちこちで営業していました。ここに今から何も知らない自分が入っていってもとても勝ち目はないと痛感したのです。

ではその他にどんな飲食店の可能性があるでしょうか?
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エチオピアのインジェラやブラジルのシュラスコなど の民族料理の店、いろいろな国の麺料理を集めたパスタ屋などいろんなアイデアが浮かんできました。

ところがそこで心配になったのが自分に果たしてそのような料理が作れるのかどうかということでした。まてよ、調理だけじゃない。接客だってお店の経営だって何一つ知らない。
うわーこりゃあ大変だ!全部を1から学んでいたら自分の体が動かない歳になってしまう!

さーて窮地に追い込まれた自分は次の行動に出たのでした。この続きはまた次回に。

2008年12月31日 (水)

今年も日本時間であと1時間になりました。

5月30日に帰国するまでは皆さんの温かい声援のおかげでたくさんの困難にもめげずに旅を続けることができました。
そして帰国してからの7か月。日本でもたくさんの困難が待ち構えていました。
でも旅行中に培った不屈の精神と何とかなるさというアバウトさによって乗り越えてきました。

新しい旅立ちがどのように進んでいるのかはまた年明けに日記を通してお伝えして行きたいと思います。

今年1年本当にありがとうございました。
そして来年は自分にとって更なる大きなチャレンジの年になりそうです。これからもどうか是非是非よろしくお願いいたします。
それではよいお年をお迎え下さい。
Img_0135

2008年6月18日 (水)

北米編1 カナダ、そしてついに帰国

18930km/130121km ボゴタ-リマ(ペルー)-トロント(41カ国、地域目 カナダ)-バンクーバー-成田

S_america ボゴタから飛行機に乗って再びペルーのリマにやってきました。ここから帰国の為の飛行機に乗るのです。
010_002919 リマでは知人宅にまた泊めさせてもらい前回おいしかった手巻き寿司をまた作りました。海外で最後に食べる和食、やはりうまい!!


020_rimg1001 そしてリマからまた飛行機に乗って中米、メキシコ、アメリカ合衆国を飛び越えて一気にカナダのトロントにやってきました。アメリカ合衆国には過去に来たことがあったので今回是非カナダにやって来たかったんです。

025_rimg1091 040_rimg1088 トロントは大都会。やはり先進国の都会は違いますね。街がきれいに整備されているし交差点では車が停まってくれます。




050_rimg1087 こちらはトロントのランドマーク CNタワーです。ほっそりと美しい形をしています。





そしてトロントから車に乗ってドライブに出かけました。世界3大瀑布のひとつナイアガラの滝を見るためです。ナイアガラとは先住民の言葉で雷鳴が轟く水という意味だそうです。

100_rimg1068_2
110_rimg1049_2 120_rimg1055 130_rimg1058 140_rimg1059 近くに寄るとその名の通りゴーっと凄まじい音をたてて水が流れ落ちていきます。水量が多くまたすぐに目の前で見られるので迫力満点です。

150_rimg1064 160_rimg1065 170_rimg1070 そしてしばらくするとライトアップが始まりました。赤や黄色に照らされた滝肌はまた違った美しさがありました。

180_163911 190_rimg1096 こうしてあっという間のトロント滞在が終わりました。
そのトロントからバンクーバーを経由してついに2年振りに日本に帰ってきました。
成田に降り立った時にはまだ実感が湧きませんでしたが、電車から外に見える田植えの風景を見たら”ああ、本当に帰ってきたんだなぁ”と実感しました。

さて最後は何だかあっけない終わりですが今後何回かにわけてこの2年間の旅を振り返ってみたいと思います。また日記の更新は続くのでまた来てくださいね。

いつもこのブログを見てくれてありがとうございます。これからもブログはバリバリと続けていこうと思うのでよろしくお願いします。

2008年6月11日 (水)

中南米編44 アマゾン経由でコロンビアへ

3130km/111191km サンタエレナ-ボア・ビスタ-マナウス-タバティンガ-レティシア(コロンビア)-ボゴタ

ロライマ山からサンタエレナに帰って来た時には靴ずれとビーチサンダルの疲れで足はもうボロボロになっていました。しかしロライマに行く前にこの町に長居をしてしまったのでその日のうちにまたバスを乗り継いで翌朝マナウスまで戻ってきました。

010133016_2 020133611 マナウスで2日休養をとりそこから飛行機で更にアマゾンの奥地にあるタバティンガに向かいました。飛行機から見た空港の周りはこのように鬱蒼をしたジャングルでした。

タバティンガからタクシーに乗ってすぐ隣りにあるコロンビアのレティシアと言う町に来ました。この2国間はフェンスも何もなく市民は自由に行き来できるんです。でもブラジル側と比べてコロンビア側の方が店が多く、きれいで、品物もたくさんある感じでした。隣同志なのにこんなに違うんだと不思議な気持ちです。

S_america_2 さてこのレティシアからコロンビアの国内線に乗って夕方には首都ボゴタに到着しました。コロンビアはまだゲリラが活発で南米でも相当危険な国だと聞いていたのでまたまた緊張して空港から出ました。しかし宿に向かう途中に車から見た景色はとても整備されてきれいな町並みでした。

宿は旧市街にあってその周りにはたくさんの店がありました。宿の人もとても親切だったのですが、そればかりか道行く人も気軽にあいさつしてくれるのです。今まで南米のいくつかの国を周ってきてここコロンビアの人達が一番友好的な印象を持ちました。
また市内にはトランスミレニオと呼ばれる新交通システムがありました。バスを専用車線上に走らせて乗り降りは数ブロック毎に道路上に作られた駅で行います。地下鉄に比べたら工事費用が格段に安いでしょうし路線もたくさんあって便利な乗り物です。ただ一般車両はそのために渋滞に巻き込まれることが以前より多くなってしまったようです。こんな感じです。
http://www.estfukyu.jp/estdb6.html
またもしバスを電気バスやハイブリッドにしたらもっと地球に優しくなるのになって思いました。それでも快適でしたよ。

110150550 120150646 さてバスを乗り継いでボゴタ近郊のシバキラと言う町にやってきました。きれいな町並みです。そしてここには塩でできた教会があるのです。ここは元々は岩塩の採掘場だったそうでその地下にある岩塩を削って広大な教会を作ったそうです。
130154202_2 140161253_2180164618 170163555 150161535_2 160162914_2 190170337 さっそくトンネルに入っていくと真っ暗な地下は青い照明を上手く使って幻想的な世界を作り上げていました。美しかった~~。


210142732 宿の部屋にいる時大きな音楽が聞こえてきました。何かと思って窓から見ると鼓笛隊のパレードでした。しかし、ここボゴタは山に囲まれているため天気がころころと変わります。この数分後に大雨になってしまいみんなあわてて雨宿りしていました。



220163646 またコロンビアにもアンデスの先住民がいてこのように街角で演奏していました。いいですねぇ、あの音色。聞いていると眼頭が熱くなってくるんです。

それではコロンビアの食べ物を紹介します。
310112100 320231750 まずこちらではスープをよく飲みます。肉や魚などいろんなバリエーションがあって薄味でとってもおいしいです。


330155957 そしてこれが典型的な昼食。米や野菜もたっぷりで強い香辛料も使っていないので食べやすいです。これにスープとジュースがセットで300円とうれしい値段です。

340231117 コロンビアのビール、一番人気はコステーニャ。苦味が結構あって自分好みです。85円と安いのもいいね~。

2008年6月 5日 (木)

中南米編43 2年 帰国決定 そして2度目のハプニング

2008年5月18日に日本を出発してこの旅は始まりました。
あれから丸2年、実にいろんなことがありました。

最近になって日本がとても恋しくなってきたんです。
おいしいご飯も食べたいし温泉にも入りたい。もちろん仕事だってしなくてはなりません。

今回正直なところまだ心残りはあります。
でもこの続きは次回の為にとっておくことにしよう。
よし!帰ろう!

と言う訳でこの旅に終止符を打ち帰国することにしました。

さて帰国の日も決定してこの旅もあと少しという段階になって久しぶりにハプニングが起きてしまいました。
空港へ移動するタクシーの中にディバッグを置き忘れてしまったのです。
降りてからすぐに気がついてタクシーを追いかけましたが既に走り去ったあとでした。
そして2度と見つかることはありませんでした。

バッグの中にはパソコン、デジカメなどが入っていました。
今回パスポートは自分で肌身離さず持っていたのでこのまま旅を続けることはできます。
ただ最近撮った写真がなくなってしまったのでしばらくは写真なしの日記になっちゃいます。
何てアホなことをしてしまったんだろうと無茶苦茶くやしい思いでしたが、それでも身体は無事でこのまままた旅を続けられることに感謝しないといけないと思うことにしました。

それではあと数回の日記、最後までお付き合いくださいね。

2008年5月21日 (水)

中南米編42 原始の大地

227km/108061km サンタエレナ-パライテプイ-リオ・トック-ベースキャンプ-ロライマ山-ホテル・サンフランシスコ-(40カ国、地域目 ガイアナ)-ホテル・コアティ-ホテル・サンフランシスコ-リオ・トック-パライテプイ-サンタエレナ

今回ブラジルから国境を越えてベネズエラのギアナ高地にやってきた理由、それはここにあるロライマ山に登るためです。

ここで少しギアナ高地について説明をしたいと思います。
大昔、地球にはパンゲアという1つの超大陸が存在していた。それが2億5000万年前頃から分裂し始めゴンドワナ大陸、南アフリカ大陸へと分裂していった。このギアナ高地はその分裂の際の回転軸の地にあった。だから移動することなくこの熱帯地方で気候変動の影響も受けずに太古の昔の姿を止めているのだ。

その姿とはいったいどういう物なのか?それを自分の目で見るためにこのロライマ山に登ってみることにしました。

010s_america 4月23日にここサンタエレナに到着しました。そしてさっそくロライマへのトレッキングツァーを探し始めました。すると驚いたことに”今はロライマには登れないよ。例年は整備の為に1週間だけ閉山になるんだけど今年は今月1ヶ月間閉山なんだ。”だそうなんです。さーて困った。いろんな人に話をきいてもどうやら本当のようです。
あきらめて帰るか、それともここにあと1週間踏みとどまるか。自分は今までやるかやらないか迷った時にはできる限りやることにしてきました。やらないで後悔するよりもやって後悔する方が自分らしいと思うからです。そこで今回もやることに決めました。

020p1060630 ロライマ山は変わった形をしています。テプイ、又はテーブルマウンテンと呼ばれるこの山はその通り頂上がテーブルのように平たくなっているんです。山を上から見たのがこの図です。赤い線がロライマ山です。頂上の面積は250Km2、東京23区の半分にもなります。最高地点の標高は2723mです。この山は3国の境界にもなっています。この黒い線がその境界です。上がガイアナ、右の小さい部分がブラジル、そして下がベネズエラです。実際にはこの山の上に検問所がある訳ではないので自由に行き来できます。そしてこの山の北端部分は"The Prow"(船首)と呼ばれています。ここからの眺めがまた格別だというので是非ここをゴールにしたいと思いました。

この町にはツァー会社が何軒かあってどこでも5月初めから5泊6日のトレッキングツァーの募集をしていました。話を聞いてみると6日間のツァーではこの北端まで行くのは無理なようです。そこで人を集めて7泊8日のプライベートツァーを組むことにしました。いろいろと探して何とか5人集まって5月1日の出発が決まりました。
この図で黄色い線が今回トレッキングで行ったルートです。当日更に3人参加者が増えて8人となりました。

110img_0084 115p1060645 5月1日 サンタエレナを出て車で2時間程でロライマ登山の拠点となるパライテプイの村に着きました。いよいよトレッキング開始です。そこから山道を歩き始めました。それほどきつい道ではないのでハイキングの感覚です。出発時には晴れていたのですが途中でものすごい雨が降ってきてカッパを着ていたものの靴はもう中まで水浸しです。4時間程歩いて今日の目的地リオ・トックと言うキャンプ地に到着です。本当はこの次のキャンプ地まで行きたかったのですがこの先にある川が今日の川で増水して渡れないらしいので今日はここに宿泊です。夕方になるとテントの回りでポワッポワッと何か光りはじめました。ホタルです。無数のホタルが飛び交う姿は幻想的でした。標高1050m。

117p1060653 120img_0106 5月2日 今日は4時間かけてロライマの麓にあるベースキャンプまで歩きました。ロライマをいつも正面に見ながら歩くので少しずつ近づいて来るロライマに期待が膨らみます。標高1870m。

5月3日 今日は今回のトレッキングで一番きついロライマ登山の日です。朝7時に出発してまずはロライマの山肌まで。

210p1060670 そこからは”壁”と呼ばれるがけをよじ登るようにして少しずつ登っていきました。滝の下をずぶ濡れになりながら通り過ぎたりハチどりの出迎えを受けて元気づけられたりしながら4時間程で山の上までたどり着きました。

2203 230img_0181 240img_0183 250img_0283 ここは標高2700mです。さて上に来た途端に風景が一変していました。何億年も前に作られた地形、人間が後から造ったんではないかと思われるような遺跡のような岩山、歩いていると不思議な感覚に囚われました。今日はホテル・サンフランシスコに宿泊です。とは言っても人間の住む世界にあるホテルなどはあるはずもありません。岩山の洞穴で雨風が凌げる場所をこの辺りの先住民達はホテルと呼んでいるのです。テントでの生活は太陽と一緒です。朝は日の出と共に起きて夜は日の入り後間もなく寝ます。大昔の生活はきっとこんなんだったんでしょうね。いや大昔どころかつい数百年前までこうだったんですよね。

310img_0165 5月4日 朝早く起きて外に出るといい天気。今日は頂上の平面を北上します。後から参加してきた3人は6日間なのでここでお別れして参加者5人、ガイド、ポーターの7人で進みます。頂上を歩いているとここが2700メートルの山の頂上という感じがしません。平面と言っても多少の起伏はありまた時には岩をいくつもよじ登って進みます。ここでは岩の形、はえている草花を見るとそれは今まで見てきた地上のそれとは明らかに違います。

315p1060682 クリスタルバレーにやってきました。ここはもう一面水晶で覆われていてキラキラ輝いています。もちろんこの水晶を持ち出すことは禁止です。

320img_0191 そしてここがトリプルポイントと呼ばれる3国の国境地点です。国境の碑があるだけですがこの山が3国の国境にまたがっていることの証です。ここで今回の旅の40カ国、地域目に当たるガイアナに入りました。

330img_0215 今日のテントはホテル・コアティと呼ばれる洞穴に張りました。昨日も夜はかなり冷えて寒かったのですがここは東側から冷たい風が吹き込んで夕方からぐっと気温が下がりました。テントの中で寝袋にくるまって寝ても寒くて夜中に目が覚めてしまって眠れませんでした。

410img_0154 415img_0155 418img_0197 ここでロライマで見た動植物を紹介します。見たことのない花やコケがたくさんありました。

420p1060677 これは食べられる草。このように葉を引っこ抜いてその根本を食べます。アロエのようなねばねばした食感でかすかな甘みがありました。

430img_0233 440img_0236 これらは食虫植物、厳しい自然の中で生き延びています。

450p1060675 動物はまずこの黒いカエル、天敵がいないせいでしょうか、ピョンピョン跳ぶことはしないでペタペタとのんびり這っていました。後で調べてみるとこのカエルは恐竜時代からの生き残りとされる原始的なカエル”オレオフリネラ”だそうです。
その他に数種の鳥、大きなトンボ、小さなクワガタ虫、とかげ、ゲンゴロウ、ちょうちょなどがいました。

5月5日 あいにく朝から雨。北端部分の"The Prow"(船首)に行くことを目標としていましたが、この天気では足場が悪く景色も何も見えないというのであきらめることにしました。
1人で洞穴から外を眺めていました。雨音以外には何も聞こえない静かな空間。その雨が止んでからもずっと見ていたらふと遠くで音がするのに気がつきました。ジーっと言うせみの鳴き声に似た高い音。それともうひとつ低音でウワウワと波打つ音が聞こえました。その二つの音が時々同じ波長になってまるでハーモニーを奏でているかのようでした。それをじっと聞いているとなんだか不思議な気持ちになってきました。自分が遠い昔に生きていた別の生物であるかのような、、、
5101 その時です。目の前の岩山に突然虹が現れたのです。急いでシャッターを切りました。かすかに写る虹が見えますか?

520img_0199 それから晴れてきたので下界が見渡せるビューポイントに行ってみました。そこからの景色は正に絶景でした。

5月6日 今日は昨日やってきたルートを南下していきました。
610img_0217 ここでトラブル発生。一昨年ヒマラヤに行った時にも履いていた靴が泥沼にはまった時に底が剥がれてしまったのです。元々登山用の靴ではなかったのによく今まで持ちこたえてくれました。でも下山まではこの靴しかありません。紐でぐるぐる巻きにして何とか歩けるようにしました。
サンフランシスコまで戻って来てその近くを散策しました。

620img_0226 6254 ジャグジーと呼ばれる美しい渓流やテプイの一部を見渡せる素晴らしい景色を楽しみました。

630img_0245 3人できれいな空を背景に記念撮影をしてみました。

7101 5月7、8日 朝焼けが素晴らしくきれいでした。

720img_0292 いよいよ下山の日です。滑りそうになりながらまた急な斜面を降りていきました。やっとのことで山を下り降りた途端に靴は修復不可能になってしまいました。そこからは持ってきたビーチサンダルで歩きました。3日かけてやってきた道を2日で帰りました。

725img_0339 ガイドが作ってくれた食事はこんな感じです。全て町から運んで作ってくれた食事、どんなご馳走にも負けずとてもおいしかったです。

730img_0347 また山の上では自分のした大便も持ち帰らなくてはなりませんでした。このようにビニールに入れてバッグに下げて持ち帰りました。
村に帰り着いた時には痛いのを通り越して足の感覚がなくなっていました。

あっと言う間の8日間でした。苦労はたくさんありましたがそれだけに感動もひとしおでした。今はゆっくりと身体を休めたいです。人によってはヘリコプターをチャーターして登るのだそうですができることであれば自力で登ってこの大いなる自然との対話を楽しんでもらいたいです。
いつも思うのですが、やはりロライマにも感謝をしたいです。ありがとう。

2008年5月16日 (金)

中南米編41 アマゾンからベネズエラへ

3300km/107834km バヘリーニャス-サンルイス-ベレン-マナウス-ボア・ビスタ-サンタエレナ(39カ国、地域目 ベネズエラ)-サンフランシスコ-サンタエレナ

バヘリーニャスからバスでサンルイスに戻り、そこから更に夜行バスでベレンに行きました。そしてベレンから飛行機で一気にアマゾンの中心地マナウスに到着です。
010p1060585 アマゾンがあるアマゾナス州の観光キャンペーンではこのようなおしゃれなポスターを貼っていました。

020p1060603 マナウスの川岸からアマゾン川を望むとでかい!まるで海のようです。

025p1060604 マナウスに昔からある魚市場。現在は修復中です。

030p1060596 土産物屋の彼女は自らこういう格好を。これがアマゾンらしいってことですかね。

110p1060589 名前を忘れてしまったのですがここではよく食べられる木の実。中身はマカダミアナッツのように白くて味も似ていました。

115rimg0911 120p1060591_2 130p1060602  またこちらではアマゾン川で捕れるいろんな魚を食べます。唐揚げでもスープ仕立てでもおいしかった~。

140p1060593 これはアサーイ。椰子の木の一種から採れる実の表面の部分を粉にしたものです。ポリフェノールが豊富でブラジルどころか日本でも最近人気だそうです。味はあまりなくちょっと青臭いですが健康になれそうな感じがします。

210s_america_2 さてマナウスからまたまた夜行バスに乗って国境を越えてベネズエラの国境の町サンタエレナまでやってきました。

220p1060626_2 いつもはたくさんの旅行者で賑わっているはずなのですがなぜかとても静かです。小さい町のせいなのか道行く人達はみんなこちらを珍しそうにみています。そして気軽にあいさつをしてくれます。ブラジルは南米で唯一スペイン語ではなくてポルトガル語の国でした。おはようは”ボンジーヤ”と言いました。でも国境を越えた途端にまた”ブエノスディアス”に戻りました。見た目は人々の区別ができないのに言葉とか通貨が変わる。不思議な感じがしました。地球を国ごとに分けるのにはいろんな意味があると思いますが、南米は民族単位で分かれている訳ではないのでその歴史をたどると興味深いかもしれません。

310p1060613 ここはビールが1本70円という驚くべき安さ。暑さも手伝ってグビグビと飲んじゃいました。

320p1060620 2301_2 ここから北の一帯はカナイマ国立公園になっていて広大な草原が続くグラン・サバナを形成しています。ちなみにこれはその名を冠したカナイマラム酒。そのあちこちにはこのような滝が流れて独特の景観を作り出しています。世界一の落差を誇るエンジェルの滝もこの一画にあります。これからここでまたある挑戦をします。

2008年5月10日 (土)

中南米編40 純白の砂漠

1930km/104534km サルバドール-テレジーナ-サンルイス-バヘリーニャス-レンソイス・マラニャンセス国立公園-バヘリーニャス-バッソーラス-マンダカル-カブレ-バヘリーニャス

ご無沙汰しています。ベネズエラから今朝帰ってきました。その様子は近いうちに更新させてもらいます。まずは前回の続きからです。

010s_america サルバドールからバスで27時間かけてサンルイスまでやって来ました。

020p1060404 この街はブラジルで唯一フランス人によって作られたそうです。綿花や砂糖キビのプランテーションで財を成した人々は立派な家を建ててその外壁を美しいタイルで飾ったんでそうです。それでこの街にはこのようにタイルが貼られた美しい建物が並んでいるんです。

030p1060413 街の外観と合わせるかのように信号機までタイルで飾られていました。

050p1060418 レストランの前では可愛い人形が飾られていました。

さて翌日そこから更に車で4時間かけてバヘリーニャスと言う小さな町に到着です。そこからレンソイス・マラニャンセス国立公園に行きました。

110p1060494 この名前はポルトガル語で”マラニョン(この地方の名前)のシーツ”という意味だそうでその通り真っ白なシーツを広げたような砂漠が広がっていました。

120p1060463_2 130p1060468 150p1060487 1551 あいにくの雨模様で眩しいほどの白ではありませんでしたが美しい砂漠のあちこちに雨期だけできるという大きな池がありそのコントラストは目を見張るものがありました。
その池で泳いでみました。すると驚いたことに雨期だけできるこの池に無数の魚が泳いでいるのです。聞いた話だとこの魚は乾期の間は砂に埋もれてずっと生き続けているそうです。そして雨期になって池ができると泳ぎだしてそこで繁殖するんだそうです。何というたくましい生命力でしょうか。
160p1060489 また池のほとりではトンボがちょうど羽化していました。こんな砂漠の中でもいろんな生き物が暮らしているんですね。

210p1060582 220p1060504 230p1060507 240p1060516 250p1060530 260p1060540 そしてまた翌日、今度はボートに乗ってこの砂漠を流れるプレグイシャス川をずっと下ることにしました。途中でいくつかの村に寄ってたくさんの動物や村人の出迎えを受けました。ボートで一緒だったジルというカナダ人がポルトガル語を話したので地元の人との会話もばっちりです。

310p1060555 320p1060558 最後に河口にあるカブレと言う村に来ました。そして海に向かって散歩をしていたんです。すると向こうからちょうど今捕れたばかりの魚を天秤棒で担いだ人達が歩いて来たんです。ジルの口利きでその村のおばちゃんがその魚を料理してくれることになりました。

330p1060561 350p1060579 360p1060580 その村の人達がまた素朴ないい人達でその前に寄った観光客慣れしたマンダカルの人達とは対照的でした。カメラを向けるとみんないい笑顔を見せてくれました。やはり言葉を話してコミュニケーションできるのは旅をより楽しくさせるというのを実感しました。おばちゃんが作ってくれた捕れたての魚の煮込みは絶品。今回のバヘリーニャスでの滞在で一番の収穫となったのでした。さてここから更に北へ向かいます。

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